畑山隆則に引き分けで涙をのんだリック吉村の“秘蔵っ子” 大畑親子とともに再び世界を目指す

船橋真二郎

リック吉村会長(左)の“秘蔵っ子”大畑連汰(中央)・秀昭親子 【写真:船橋真二郎】

「ボクシングはワタシの“ギフト(天与の才能)”。バスケットボールはヘタクソ、ほかのスポーツはあまりよくない。ボクシングだけ。だから、このギフトを今度は選手たちにあげたいんです」

 リック吉村ことフレデリック・ロバーツさん(60歳)はそう言って、はにかむように笑った。柔和な表情は現役時代の面影そのままだ。

 2003年の現役引退から10年。古巣である米空軍・横田基地の目の前、東京・福生市に『Rick Yoshimura’s RINGSIDE FITNESS GYM』(リングサイドジム)を構えた。さらに5年後の2018年には日本プロボクシング協会加盟の念願も果たし、自身の“ギフト”を花開かせたプロのリングに帰ってきた。

 日本ライト級王者として積み重ねた22度もの防衛は、この先もきっと破られることのない日本王座の最多連続防衛記録。が、輝かしい記録は忍耐の日々の裏返しでもある。

畑山戦は前の人生、今の目標に生きる

 1994年10月から2000年11月まで無敗を続けながら、待ちわびた機会が訪れることはなかった。2000年6月には米国フロリダ州の基地に転属。6年もの間、保持してきた王座は返上し、22度目の防衛戦が最後のリングになるかもしれなかった。

 その直後、まさにギリギリのタイミングで吉報がもたらされる。前戦でその生きざまとともに多くの支持を集め、リック吉村の宿敵でもあった“平成のKOキング”坂本博之(角海老宝石)を劇的KOで沈め、人気絶頂にあったWBA世界ライト級王者・畑山隆則(横浜光)の相手に指名された。

 2001年2月17日の両国国技館。だが、5日前に36歳になった米国人チャレンジャーに下された審判は無情だった。ジャッジの3氏が三者三様の引き分け。あと一歩で世界を獲り逃した。それでも大方の予想を超える健闘に称賛は集まり、より大きな共感の拍手が降り注がれる。そういう試合だった。

「そう。あともう少し」。24年前の畑山戦に話を向けると「ハアー」と息を吐き出し、右手の親指と人差し指でわずかな隙間をつくってみせた。それから左腕で抱え込むようなしぐさをすると「あとワンポイント……」。つぶやくように口にした。

 9ラウンドのホールディングによる減点1がなければ結果は覆り、2-1の判定で新王者が誕生していたことになる。そうではなくても見方の割れた熱戦だった。

「今でも時々、絶対に勝っていた、世界チャンピオン、と言う人もいる。でも……あの試合はもう終わり。しょうがない。前のライフ(人生)のこと。だから、(ジムの選手の)誰かに世界チャンピオンになってほしい。それが今のワタシの目標です」

 ジム初の日本ランカーとなったスーパーウェルター級の鈴木健介、同じニューヨーク出身で新人王初戦を突破したミドル級のジュディ・クレッグ。そして――。

 石川ジムの元ジムメイト・大畑秀昭さんの息子で、小学1年生、6歳のときから手塩にかけてきた“秘蔵っ子”大畑連汰(おおはた・れんだ)もそのひとりだ。

大畑連汰は特別とリック吉村会長

大畑連汰はデビュー戦勝利にガッツポーズ。後方ではリック吉村会長もジャンプして喜ぶ(2024年11月24日) 【写真:船橋真二郎】

 昨年11月24日、大畑は17歳11ヵ月でプロデビュー。いきなりプロ10戦目(3勝1KO5敗1分)の30歳、岩井祥來(小熊)を相手に地元東京・昭島市のお隣、立川市のドーム立川立飛でライトフライ級4回戦に臨み、3‐0の判定勝ちを飾った。

「単純に嬉しかったし、やっとプロボクサーになった実感が湧きました」

 今春、大学生になった18歳は初々しく振り返った。デビュー戦特有の緊張もあったのだろう。終盤は体力が落ちたが、「よく頑張った」とリングサイドジムのトレーナーで、父の秀昭さん(55歳)は目を細める。

「キャリアもあったし、映像を見ても(戦績以上に)巧い相手だったので」

 アマチュアの経験はない。2022年9月、高校1年生のときにコロナ禍で3年ぶりに開催されたジュニア・チャンピオンズリーグ(JCL)全国大会で優勝。プロが主催するU-18世代のJCLで11戦(8勝3敗)のキャリアを積んだ。

 この6月30日、後楽園ホールで2戦目、東日本新人王予選に臨む。「トーナメントなので1回負けたら終わり。確実に勝ち進んで、絶対に新人王を獲りたい」と意気込む大畑は、初戦から正念場を迎える。

 対戦相手の関優多(角海老宝石/21歳)はアマチュア戦績こそ9勝9敗ながら、埼玉の強豪・花咲徳栄高校出身でインターハイ、国体に出場。卒業後に全日本社会人選手権で優勝している。プロでも力のある相手に2連勝、エントリーするミニマム級の優勝候補のひとりに挙げられる。

「スピードとテクニックがある」と評する関に対し、「だからこそ、気合いが入る」と大畑は力を込める。

「自分も似たタイプなんで。巧い選手に負けたくないし、オレのほうが巧いぜ、みたいな(笑)。そういう対抗心は強いです」

 師でジャブを中心に左を多彩に駆使したテクニシャン、リック吉村のボクシングへの厚い信頼が感じられる。

 デビュー戦は2回途中からボディを交えて攻勢をかけ、硬さが見られた初回の失点を挽回する形だった。JCL時代にはなかった姿は「初めてのコンビネーション」(リック会長)に取り組んできた成果だった。

「れんだ君は6歳のときから変わらない。今もワタシの教えること、ちゃんと聞いて、ちゃんと練習します。真面目。で、ちゃんと(実戦で)やる」

「リックさんは優しくて、練習ではいつも真剣に向き合ってくれる。オレを強くしたいという気持ちが伝わってくるんで、応えたいってなります」

 新人王初戦まで試合間隔は空いたが、大畑は「その分、しっかり準備できたし、力をつけられたので」と前向きに捉えてきた。

 リック会長は「れんだ君は特別」と言う。

「彼はワタシの最初の子どもの練習生です。で、ちゃんと言うことを聞いて、ちゃんとやりました。だから、ほかの子どもたちも同じと思った。でも、違う。どうして……?それで分かった。彼は特別なんだって」

 大畑親子がリングサイドジムを訪ねたのはジムオープンから間もなく。導かれるような再会が始まりになった。

1/2ページ

著者プロフィール

1973年生まれ。東京都出身。『ボクシング・ビート』(フィットネススポーツ)、『ボクシング・マガジン』(ベースボールマガジン社=2022年7月休刊)など、ボクシングを取材し、執筆。文藝春秋Number第13回スポーツノンフィクション新人賞最終候補(2005年)。東日本ボクシング協会が選出する月間賞の選考委員も務める。

新着記事

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント