“ミスターウルフドッグス”の幸せなバレー人生 痛みに苦しんだラストシーズンも「何ひとつ、後悔なんてない」

田中夕子

第3セットから出場した忘れられない試合

現役選手として限界を感じる中でも自らの役割を全うした 【写真提供:SV.LEAGUE】

 できる限り長く現役生活を続ける。しかもトップカテゴリーで戦うためには190センチでも、より高く、しつこく、ボールに食らいつくためには跳び続けなければならない。その代償は膝や肩、その時々でさまざまな場所に現れた。「大けががなかっただけありがたい」と口にするが、最後の2年は腰痛に苦しんだ。手術や治療を重ねたが、24/25シーズンの開幕が迫る頃になっても、バレーボールの動きどころか、家にいるだけで呻き声が出るほどの痛みとの戦いだった。

 そろそろ、限界かな。

 最後の1年になるかもしれない覚悟を抱き、今できる最善の治療とリハビリをして臨んだラストシーズン。決して後ろ向きではなく前向きに、引退を受け入れられることができた、忘れられない試合もある。昨年12月1日、ホームアリーナのエントリオで行われた東京グレートベアーズ戦だ。

 2セットを東京に連取された第3セット、スタートから近が投入された。何が求められているのか。何を果たすべきか。自らの役割を全うした結果、フルセットで勝利を収めた直後、バルドヴィン監督に言われたひと言が、何より嬉しかった、と振り返る。

「『Thank you』って。自分が出てやろうとか、こんなことをやってやろうという野心なんてまるでなくて、とにかくチームのために何ができるかしか考えていなかったから、ヴァレさんにそう言われて、すごく嬉しくて。その後も少しずつ出場機会をもらえて、そのたび(マネージャーの)シゲ(重村健太)さんも『お前のワンタッチ、期待されてるぞ。がんばれ』とか言ってくれるので乗せられて(笑)。でも大げさじゃなく、あの(東京戦)試合からは、たとえこの試合でケガをしてもいい。これが最後の試合になってもいい、と心から思っていました。結果、最後に大きなケガをしてしまって、本来ミドルではない山崎(彰都)やリヴァン(ヌルムルキ)には迷惑をかけて申し訳ない気持ちはありましたけど、彼らもそこに不満を持たずチームのためにと献身的に役割を果たしてくれた。だからみんなが『やろうぜ』と思える本当にいいチームになれたし、今までを振り返っても最高だと思えるチームでした。その中で現役生活を終えられる。何ひとつ、後悔なんてないですよ」

「納得いくまでやり切れた僕は、本当に幸せでした」

ユニフォームを脱いでもバレーボールとともに歩みを続ける 【写真提供:SV.LEAGUE】

 長い現役生活の過程を見れば、VリーグはSVリーグになり、注目度も繰り広げられるプレーや戦術のレベルも入団当初と比べれば格段に上がった。それどころか、と近が笑う。

「天皇杯で駿台(学園)と対戦したときもそう。普通はハイセットを打つだろ、というところでリバウンドを取って、ファーサイドに飛ばしたところから機動力を活かして打ってくる。これ、本当に高校生か?と思いましたよ(笑)」

 学生時代からハイレベルなバレーを学び、世界各国のトップ選手たちも日本でプレーする。かつては考えられなかった現実が当たり前となった今、「(入団)当時の自分たちが今の時代に入ってくる若手選手だったら、200%試合に出られなかった」と言うのも決して誇張ではない。

 だからこそ、これからの世代に期待を寄せるとともに、懸念も抱く。

「僕がそうだったように、実績がない選手も我慢して使い続けて育ててもらう、という時代ではなく、移籍も活発になって、実績のある選手を獲ってくる時代になった。若い選手の目線で見ればなかなかチャンスは来ない。そういう状況でも何とかやっていけよという期待もあるけれど、素直に、これからもっと頑張らないといけないんだぞ、とも思う。どちらがいいと比べることはできないですけど、チャンスをもらえて、納得いくまでやり切れた僕は、本当に幸せでした」

 2年目のSVリーグに向け、新たなシーズンが始まった。ユニフォームを脱いだ“ミスターウルフドッグス”も愛すべきバレーボールとともに、歩み続けて行く。

 1人でも多くの選手が、「やりきった」と最後まで戦い切れるように、と願いながら。

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著者プロフィール

神奈川県生まれ。神奈川新聞運動部でのアルバイトを経て、『月刊トレーニングジャーナル』編集部勤務。2004年にフリーとなり、バレーボール、水泳、フェンシング、レスリングなど五輪競技を取材。著書に『高校バレーは頭脳が9割』(日本文化出版)。共著に『海と、がれきと、ボールと、絆』(講談社)、『青春サプリ』(ポプラ社)。『SAORI』(日本文化出版)、『夢を泳ぐ』(徳間書店)、『絆があれば何度でもやり直せる』(カンゼン)など女子アスリートの著書や、前橋育英高校硬式野球部の荒井直樹監督が記した『当たり前の積み重ねが本物になる』『凡事徹底 前橋育英高校野球部で教え続けていること』(カンゼン)などで構成を担当

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