“ミスターウルフドッグス”の幸せなバレー人生 痛みに苦しんだラストシーズンも「何ひとつ、後悔なんてない」

田中夕子

引退セレモニーで子どもたちから花束を受け取る近裕崇 【写真提供:SV.LEAGUE】

「僕は全然普通の凡人だから」

 いつからか、近裕崇に1つの呼称がついた。

 “ミスターウルフドッグス”。

 2010年から25年までウルフドッグス名古屋に在籍し、昨季限りで現役引退。前身の豊田合成から含めれば16シーズン、振り返れば「自分の役割など何もわからなかった」という新人の頃から出場機会を得て、二度のリーグ優勝も経験した。

 もちろんいいときばかりでなく、上位争いどころか最終節の結果次第で入れ替え戦に回るかもしれない、という時代もあった。最後の最後、現役引退を表明した後、練習中に左足を負傷。最後はユニフォームを着ることなく現役生活を終えたが、近は「やり残したことはない」と言い切る。

「自分から『引退します』と言えるのはトップ中のトップ選手に与えられる特権。僕はそんな選手じゃないから、やめろと言われるまでいつまででもやります、と思い続けてきたんです。とにかく1年1年、毎年、それこそ必死でしがみついてきたし、やることもやってきたから後悔は何もない。僕は全然普通の凡人だから、ミスターウルフドッグスなんておこがましいんですよ(笑)」

  そんな選手じゃない。謙遜ではなく本心で言うとおり、エリートには程遠い選手だった。

 バレーボールを始めたのは高校からで、中学までは甲子園を目指す野球少年だった。村上高でも、部員の大半は初心者ばかり。春高も、そこで活躍する選手も「自分とは別次元」だったが、新潟県選抜として国体に出場。大学は関東一部の強豪、東海大へ進み未知の世界を知った。

「高校でも日本一を目指してきた選手には普通かもしれないですけど、僕にはカルチャーショックすぎて。『何でこんなにやらなきゃいけないの? 俺、もう無理だ』って言ってましたね(笑)」

 それでも4年時には深津旭弘が主将を務めたチームで、大学主要タイトルをすべて制覇し五冠を達成。卒業後は豊田合成に進み、入団直後から出場機会をつかむと、15/16シーズンにはチーム初のリーグ優勝も成し遂げた。その2年前の13年に就任したクリスティアンソン・アンディッシュ・元監督の選手育成や、チーム強化の手腕によるところではあり、近も「チームにとっても僕にとっても間違いなく転機を与えてくれた、いわば“劇薬”だった」と振り返るが、同時に加える。

「アンディッシュは確かにすごかった。でも来ていきなり勝てたわけじゃないんです。僕自身のことを言えば、(当時監督だった)安原(貴之)さんがチームとしてなかなか結果が出なくても使い続けてくれたおかげで、経験を重ねることができて、そこにアンディッシュが来た。自分で言うのもおかしいかもしれないですけど、若い選手を使い続ける、しかもチームとしても結果が伴わない中で我慢するのはすごく大変なことであるにも関わらず、安原さんが使い続けてくれた。今、SVリーグになってみて、改めて若い頃にそういう環境でやらせてもらえたことにものすごく感謝しています」

数々の出会いと学びで得た楽しさ

社員選手を15年続けた中で多くの転機があった 【写真提供:SV.LEAGUE】

 企業に属する社員選手。とはいえ、バレーボールを生業とするバレーボール選手としての15年。振り返れば、さまざまな転機や忘れえぬ出来事があった。

 たとえば入団翌年の11年、練習時に突如、同じミドルブロッカーで3歳上、近にとっては東海大の先輩でもある佐藤和哉(現・ウルフドッグス名古屋部長)から受けたレッスンもその1つ。練習時に突如声をかけられ、ブロックの跳び方や視野の置き方。そもそもブロックに対する考え方や移動のステップ、基本から応用まで丁寧に教えてくれた。

 いくら大学の後輩とはいえ同じポジションのライバルでもある。当時、佐藤は膝のケガで十分なプレーができずにいたが、それでも「どうしてこんなに教えてくれるのか」と不思議に思っていたとき、佐藤から明かされた言葉を近が回想する。

「『今シーズンで引退なんだ』と。そもそも僕が試合に出られるチャンスをもらえたのは和哉さんのケガも1つの要因でした。普通に考えたら自分がケガをしているときに、若い選手が入ってきたら嫌じゃないですか。こいつが成長したら自分は切られるんだな、と思うのが普通。でもそういう状況で和哉さんは僕に対して、全部教えてくれた。僕はもともとアタック型の選手だったから、正直、ブロックはよくわかっていなかったんです。でも和哉さんに教えてもらってから、ブロックの楽しさを知った。そのおかげで、こんなに長く続けることができたんです」

 アンディッシュを筆頭に、トミー・ティリカイネン、クリストファー・マクガウン、現在のヴァレリオ・バルドヴィン、外国籍の指導者が来るたび新たな刺激や学びを得た。英語やフロアディフェンスを構築するためのポジショニング、バレーボールの見方や考えが広がっていくことが楽しかった。

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著者プロフィール

神奈川県生まれ。神奈川新聞運動部でのアルバイトを経て、『月刊トレーニングジャーナル』編集部勤務。2004年にフリーとなり、バレーボール、水泳、フェンシング、レスリングなど五輪競技を取材。著書に『高校バレーは頭脳が9割』(日本文化出版)。共著に『海と、がれきと、ボールと、絆』(講談社)、『青春サプリ』(ポプラ社)。『SAORI』(日本文化出版)、『夢を泳ぐ』(徳間書店)、『絆があれば何度でもやり直せる』(カンゼン)など女子アスリートの著書や、前橋育英高校硬式野球部の荒井直樹監督が記した『当たり前の積み重ねが本物になる』『凡事徹底 前橋育英高校野球部で教え続けていること』(カンゼン)などで構成を担当

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