スカウトが振り返る、下位指名から大化けした選手達(毎週火曜日更新)

「よく他球団に…」育成指名から"最強守護神"に成長 元中日チーフスカウトが明かすドラフト秘話

永松欣也

中日の守護神・松山晋也を育成で獲得できた二つの理由とは? 【写真は共同】

 毎年多くのドラマを生むプロ野球ドラフト会議。特に下位指名ではスカウトの眼力、球団の戦略が問われ、これまで多くのドラマを生み出してきた。そこで現在活躍している「下位指名から大化けした選手」を中心に、中日の元チーフスカウト米村明氏に過去の下位指名選手についての指名秘話やドラフト舞台裏などを振り返ってもらった。

立浪監督が欲しがった田中、懐疑的だった福永の指名

 この年から私はチーフスカウトを外れて「シニアディレクター」としてアドバイザー的な立場で一歩引いてドラフトに関わった。新たにチーフスカウトとなった音重鎮とスカウト部長の松永幸男が中心になってドラフトを進めた年だったから、私はドラフト会議当日の会場に入ってはいない。だから現場でどんなやりとりをしていたかまでは把握していない。そういったことを踏まえてこの年の下位指名を中心に振り返りたい。

 6位で獲った亜細亜大の内野手・田中幹也は身長が166センチと小柄ながらも守備範囲の広さと瞬発力、足の速さ、それに加えて亜細亜大で「野球の基本」を鍛えられていることなどが高く評価されており、本来は上位指名されてもおかしくない選手だった。それがこの順位で獲れたのには理由がある。それは3年の夏に国指定の難病「潰瘍性大腸炎」を煩い、その年の秋に大腸全摘出の大手術を受けて二カ月入院していたからに他ならない。術後はリーグ戦に復帰して盗塁もバンバン決めていたが、やはりスカウトとしては体調面に不安が残った。だからどの球団も手を出せなかったのだと思う。

 病気のこと、手術のことは私も詳しく聞いていた。プライバシーにも関わることなので詳細は伏せるが、プロでシーズン通してレギュラーとして活躍するのは難しいのではないかと私は思った。立浪和義監督にもそのことは伝えていたから上位で欲しがることはなかった。だがこのとき6位までどこからも指名がなかったから「田中が残っているじゃないですか!」ということで指名に踏み切ったようだ。

 ドラフト後、私は立浪監督に改めて「1年間使える選手ではないですからね」と田中の体調について釘を刺した。立浪監督も「僕は上手く使います」と言ってくれた。だからスカウトから現場へのアドバイスとしては「田中を使うなら終盤の守備固め、代走。そのスペシャリストとして使ってください」ということになる。だが去年の立浪監督も今年の井上一樹監督も田中を結構先発で使っている。あれだけセンスがある選手だから使いたくなる気持ちもよく分かる。もちろん本人も「大丈夫です!」と言うだろう。それでもやはり病気のこと、手術のことを詳しく聞いている人間としては体調面が心配になってしまう。

 日本新薬の内野手・福永裕基の7位指名にはちょっと懐疑的なところがあった。専修大学時代からバッティングは良かったから、これまでも候補リストに名前が挙がったことは何度かあった。だが守備がちょっと厳しかった。それがネックで指名を検討するところまでは行っていなかったし、この年は年齢も26歳になっていた。だがスカウト会議では福永の名前の横に『◎』が付いていた。聞けば、いろんな関係からもう獲ることが決まっているという。

 この指名に首を傾けないわけでもなかったが、私もチーフではなくもうアドバイザー的な立場なのだし、下位での指名だというし、獲るだけ獲ってみたらいいかと思って何も言わなかった。だがこの指名が当たった。

 福永はバッティングが思っていた通りに良かったし、試合に使われることで守備も少しずつ上手くなっていった。今年は怪我で戦線離脱しているが打線の中心を担う存在になりつつある。あのとき余計なことを言わなくて良かった。

担当スカウトがよく見ていた育成1位の松山晋也

今シーズンの松山晋也(写真上段左)は巨人に移籍したライデル・マルティネスの穴を埋める活躍を見せている 【写真は共同】

 この年の指名選手の大ヒットは、育成1位で獲った八戸学院大の松山晋也だろう。今と同じ「えいやー!」という投げっぷりの良さがあって、真っ直ぐが力強くてフォークも良い。久々に見た「結果なんか知らんわー!」「行ったれー!」というタイプのピッチャーだった。担当スカウトの八木智哉は「育成で獲れる」と言っていたが、私は実際ボールを見て「これは支配下で指名されるだろう」と思った。だが八木は自信たっぷりに「(育成指名で)大丈夫です。誰も見ていませんから」と言いきった。

 八木の言う通り、ドラフトではどこからも指名はなく育成で獲ることができた。あれだけ凄いボールを投げるピッチャーを他球団が指名しなかった理由は二つ考えられた。一つは抑えしかやっていなかったこと。つまり長いイニングを投げられるかどうかが分からなかったということ。もう一つはスカウトが見ていなかったこと。八戸学院大のある青森まで試合を見に行くのであれば、余程の選手でもない限りスカウトも足繁く通おうとは思わない。またスカウトは試合開始から大体5、6回までしか選手を見ない。だから抑えをやっていた松山を見たスカウトが何人いただろうかということだ。

 そのような中で八木は青森まで足を運び、試合を最後まで見ていたから松山を見つけることができたのだ。
 
 今シーズンの松山は巨人に移籍したライデル・マルティネスの穴を埋める活躍を見せてくれていてる。これほどのピッチャーがよく育成で獲れたな、よく他球団のスカウトに見つからなかったなというのが正直な感想だ。

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著者プロフィール

1976年、大分県速見郡生まれ。多くのスポーツサイトの企画・編集、ディレクターなどを経てフリーランスに。現在は少年野球、高校野球サイトのディレクターを務めながら書籍の企画・編集も行っている。主な書籍は『星野と落合のドラフト戦略』『ジャイアンツ元スカウト部長のドラフト回想録』など。

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