スカウトが振り返る、下位指名から大化けした選手達(毎週火曜日更新)

「うちで育つ確信持てず...」阪神・前川ら指名見送りの理由 元中日チーフスカウトが明かすドラフト秘話

永松欣也

この先が楽しみな近藤と松木平

支配下選手登録が決まり、井上監督と記念撮影する近藤廉 【写真は共同】

 福島、加藤、三好の下位指名の3人は既にユニフォームを脱いでいるが、育成で獲った2人は楽しみな選手になってきている。札幌学院大の近藤廉と精華高の松木平優太だ。育成1位の近藤は担当スカウトの八木智哉が「育成レベルですけど見に来られますか?」というので札幌まで見に行った。それで一緒にピッチングを観ていたらスライダーばかり投げる。こっちもいい加減真っ直ぐが見たいから、八木に「真っ直ぐ投げるように言ってくれ」と言うと「(これが)真っ直ぐです」と言う。近藤が投げていたのはいわゆる「真っスラ」。狙って投げられるボールではないし、おまけに左投げ。直ぐに「これは面白いな」と思った。

 入団してからはこんな話がある。フリーバッティングでビシエド相手に投げさせたら「unbelievable!(信じられない!)」と驚いて、「これは真っ直ぐか?」と聞くから「真っ直ぐだよ」と答えると「No way!(ウソだろ!)」と言っていた(笑)。近藤のボールはそれくらいのクセ球で、自分でも制御出来ないような曲がり方をするからフォアボールが怖いかなというのはあった。だから支配下で獲るにはちょっと怖いけれど、育成で獲るにはうってつけの選手だった。高校も東京の無名高(豊南)の出身だし、精神的に揉まれてきていないから性格に優しいところがあるが、メンタルも鍛えられたらそこそこやれると思っている。

 松木平の指名は振り返るのは、私にはちょっと恥ずかしいところがある。育成指名最後に残っていた候補には精華高の松木平と龍谷大のキャッチャーの2人がいた。担当スカウトは2人とも山本将道で指名できるのはあと1人だけ。どちらを指名するかは山本に任せた。チームにはキャッチャーが足らなかったから私は当然龍谷大の選手を選ぶと思っていたのだが、山本が選んだのは松木平だった。私は正直いえばこのとき「何考えてんねん!」と思わないでもなかった。

「キャッチャーがおらんこと分かっていて言うてるんか? 松木平のどこを評価してんのか?」と聞くと、「こいつの育った環境のすさまじさです」と言う。聞けば、松木平は幼い頃に両親が離婚して、お母さんも早くに亡くして祖父母と姉に育てられたそうだ。だから「プロの世界で絶対に活躍する!」というハングリーさがあるのだと山本が熱っぽく話した。

 松木平は山本の期待に応えるように順調に成長して、3年目には下で150キロを投げるまでになり、昨シーズンは一軍で先発して2勝を挙げた。

 プロに入ってきたばかりの頃、お腹を触ったら腹筋がまるでなくて驚いた。まだ体ができていないからローテーションでまわすと故障に繋がる。去年は相当無理をしたと思うし、案の定今年はスタートから怪我で出遅れている。中学までは野手だったし高校も全くの無名高。プロに入るまでピッチャーとしての本格的な走り込み、投げ込みができていないのだから無理もない。ただ逆をいえば伸び代が大きいということでもある。あと2、3年鍛えて大人の体になってからが楽しみな投手だ。あのときの山本の選択は正解だった。

 私は育成で獲った選手は支配下になって一軍に上がったらそれだけでもう成功だと思っているが、近藤と松木平はこの先どこまでいけるか楽しみにしている。

4位で指名しなかった前川と田村

智辯学園の前川右京は阪神が獲得。指名しなかった理由は... 【写真は共同】

 前年は3位になり期待された2021年だったが再びBクラスの5位に終わっていた。その原因は何と言っても打撃陣の不調にあった。チーム防御率が3.22の1位だったのに対し、チーム打率は最下位の.237。特にホームラン数はリーグ唯一の二桁で、5位の阪神と52本差の69本。極端な投高打低で、とにかく「打てない! 打てない!」と批判され続けたシーズンだったから、球団社長にも「打てる選手を探してくれ」と言われていた。だから大学生で大きいのが打てる選手を獲ろうということで、上武大のブライト健太と駒澤大の鵜飼航丞を1位、2位で獲った。

 ブライトは大学選手権でドラフトの目玉でもあった西日本工大の隅田知一郎(西武1位)から放った一発を見た私のほとんど一目惚れだった。昨年後半からようやく一軍でも試合に出るようになってきたが、気持ちにムラがあるというか、まだ大人になりきれていないところが見える。時間はかかっているがまだ成長できる選手だと思っている。

 3位で獲った火の国サラマンダーズの左腕・石森大誠は昨年で切られてしまったが、この年はもの凄いボールを投げていて課題だったコントロールも良くなっていた投手。外れ1位くらいで挙がってもおかしくはなかったくらいの豪腕だった。それでも3位まで残っていたのは、隅田の他にも筑波大の佐藤隼輔(西武2位)、関学大の黒原拓未、三菱重工WESTの森翔平(ともに広島1位、2位)、新潟医療福祉大の桐敷拓馬(阪神3位)など左に良いピッチャーがたくさんいたからだ。

 結果を残せなかった原因は1年目のキャンプにあったと思っている。北谷の一軍組だった石森は最初の3日間はブルペンで投げてその後はずっと投げなかった。どこかを痛めてしまっていた。新人ピッチャーはまずブルペンで投げる周りの先輩たちのボールに、それまでのアマチュアとの違いをまざまざと見せつけられる。そこで自分も力が入ってしまって肩や肘を痛めやすい。だからキャンプのスタートには担当スカウトがついてやって、そういうところを注意して見ておかないといけない。それなのにこの時は担当スカウトが二軍の読谷の方にいて側にいなかった。石森はこのときの故障で何かが狂ってしまった。

 4位の味谷大誠(花咲徳栄)は左打ちのキャッチャーだが、担当スカウトの正津英志がバッティングを評価していた選手だった。スカウトの音(重鎮)と3人で観に行ったが確かにバッティングが良くて、下の方でも獲れるということで4位で指名した。このとき、同じ4位では阪神が前川右京(智辯学園)を指名して、広島が田村俊介(愛工大名電)を指名した。前川は中日ファンを公言してくれていたし、田村も地元の選手。4位で中日が先に指名しようと思えばできた選手たちだった。現時点の結果を見れば「なぜ指名しなかったのか!」と言われるのも仕方がない。だがこの時は味谷と彼等の指名で迷いはなかった。前川も田村も左投げでファーストか外野しかできないというのがあったし、上位で外野手を既に2人を獲っていたこともある。高校時代の前川は打撃がちょっと粗かったというのもあった。阪神に入ってからスイングがコンパクトになって上手く打てるようになったが、この粗い高校生を獲ってきてうちで上手く育つという確信も持てなかった。それは田村も同じ。そういった理由から前川、田村を私は4位で指名しなかった。

 6位で指名した大商大の外野手・福元悠真は怪我で評価が落ちていたが、怪我がなければ順位はもっと上の選手だった。今は育成になっているが今年は下で打っているし、打つだけならば一軍レベルの選手。一軍のファーストはレギュラーも固まっていない状況なのだから支配下登録して一軍で使ってみて欲しい。

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著者プロフィール

1976年、大分県速見郡生まれ。多くのスポーツサイトの企画・編集、ディレクターなどを経てフリーランスに。現在は少年野球、高校野球サイトのディレクターを務めながら書籍の企画・編集も行っている。主な書籍は『星野と落合のドラフト戦略』『ジャイアンツ元スカウト部長のドラフト回想録』など。

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