井上尚弥vs.中谷潤人は異なる育成モデルの激突? 射場哲也・JCL実行委員長に聞く“プロ生え抜き”育成の最前線
JCL全国大会を夢の舞台に
大会再編の理由は後述するが、まだプロデビュー前の高校年代にも実戦の機会を提供するようになったのである。
セレス小林こと小林昭司・日本プロボクシング協会長からJCL実行委員長を託されたのは2022年。コロナ禍で第3回大会が中止を余儀なくされ、第4回大会として3年ぶりに開催された年だった。
長らく実戦練習からも遠ざかっていた影響か、コロナ禍前と比べ、「レベルとしては高くなかった」と射場委員長は振り返る。それが再開して大会を重ねるごとにレベルは上がり、競技人口(ジュニアの登録人数)も年々増加傾向にあるという。
筆者は以前、コロナ禍で大会が中止となるなか、ジュニアは今、どんな状況にあるのか、専門誌『ボクシング・マガジン』に企画を出し、各地のジムに電話取材で調査したことがある。目標がなくなったことで意欲を失い、やめる子も少なくないと聞いた。
JCLを「これに出たい」「カッコいい」と思ってもらえるような魅力ある大会にし、子どもたちの目標であり続けることが大事と射場委員長は言う。
「アマチュアの選手は『オリンピックに出たい』と言うじゃないですか。世界一という結果だけで見ると世界選手権の金メダルも同じなんですけど、オリンピックは夢の舞台ですよね。そういう大会にしないといけないと思っています」
U-15時代から各地区の予選を勝ち抜き、出場する全国大会の舞台は聖地とも呼ばれる東京・後楽園ホール。大会の模様はU-NEXTで配信もされる。
これだけで特別感は十分あると思うが、ジュニア世代の最高峰の大会として相応しい会場演出など、夢の舞台へと少しでもグレードアップを図りたいという。
さらに意欲をかきたて、大きな目標となる新たな舞台への第一歩も踏み出した。今年1月12日、JCL初の国際親善大会「第1回井上尚弥杯」を後楽園ホールで開催した。
井上尚弥杯開催の背景。自由に将来を描ける環境を
実は「井上尚弥杯」という大会名称は帝拳ジムの本田明彦会長の発案だったという。大橋会長、井上も快諾。冠に相応しく、井上尚弥のように世界に羽ばたく選手になってほしいという願いを込め、国際大会として開催することを決めた。
やはり井上効果は絶大で、全国から想定を上回る300人以上の出場希望が集まった。プロモーターとしてビッグイベントを手がけている本田会長、大橋会長だが、ジュニアの育成は不可欠とJCLに対し、さまざまな後押し、サポートを受けていると射場委員長は感謝する。
第1回は中国、韓国と3カ国での開催。U-10からU-18まで、日本人同士のオープン戦やスパーリングを含めた全63カードで行われ、15組の国際親善試合が組まれた。第2回は11月2日、大阪・住吉スポーツセンターで開催予定。「将来的には参加国を増やし、アジア、世界のジュニア・チャンピオンを決める大会になれば」と壮大な夢も広がる。
「もちろん高校、大学に行って、アマチュアでやりたいという子を止めるつもりはないです。子どもがボクシングで進学できるほうが親としてはいいですよね。でも、こっちにもこんないい大会があるよ、というのを見せて、選んでもらえる舞台をつくることが大事だと思うんです」
要は子どもたちの選択肢を広げるということ。JCLに大会が再編されたのは、当時の日本ボクシング連盟からプロのU-15大会に出場した選手はアマチュア登録を不可とするという通達があったからだった。
いかにアマチュア出身選手のプロでの活躍が目立つと言っても、アマチュアのジムや部活で始めた選手ばかりではない。もともとはプロ加盟ジムで始め、アマチュアで活躍して、プロに戻ってきた選手もいるし、そのまま残った選手だっている。
アマチュアにも15歳以下のアンダー・ジュニア(UJ)大会があるが、どこで始めようと自由に将来を描き、目標を目指すことができる環境を大人たちがつくらなくてはならない。
結局、子どもに選択を迫り、可能性を狭める連盟の決定は、翌年に発足した新体制により撤廃されたが、結果としてプロがまだデビュー前の15歳以上18歳以下の年代に目を向けるきっかけになった。
そして、この高校年代のプロ志望がプロと同じリングで場数を踏み、経験値を上げる「JCLトライアルマッチ」を始めたのが就任1年目の射場委員長だった。