「F1の華」モナコGPが消滅の危機? 再生のためにすべきことは

柴田久仁夫

もはやF1にモナコは不要?

トンネルを抜けた先のヌーベルシケイン。ここでのオーバーテイクは今やほぼ不可能だ 【(c)️Redbull】

 今のF1マシンは全長5m以上、全幅2m、そして重量は800kgもある。1995年には、わずか595kgだった。30年で、205kgも増えたことになる。成人男性3人分強の重量増だ。

 レースの世界で、重くなっていいことは何もない。燃費は悪くなり、ブレーキやタイヤへの負荷は高まり、何よりキビキビとした動きがなくなってしまう。そして万一クラッシュした際の衝撃エネルギーは、重量の2乗に比例する。重くなればなるほど、ドライバーやマシンへの影響は増す。それを防ぐための衝撃吸収デバイスなどの設置で、マシンはさらに重くなるいたちごっこだった。

 そして大きな車体は、コース幅の狭いモナコでは致命傷となる。実際、2017年に車幅が20cm広がっただけで、前年15回あったコース上での追い抜き回数は、わずか3回に激減した。かつてはトンネル出口のシケインでのブレーキングが、数少ないオーバーテイクポイントだった。しかし今や、そこで仕掛けようとするドライバーは皆無だ。肥大化し、もっさりした挙動の今のF1マシンでは、シケイン入口で横に並んで一瞬にして抜き去っていくことなど、不可能だからだ。

 2年続けて、抜けないだけでなく単調すぎるレースが続いたことで、「もはやF1にモナコは要らない」という声すら出てきた。しかしモナコには、他のグランプリでは絶対に味わえない特別感があると、僕は思う。

モナコよ永遠なれ

モナコはアルベール太公(写真右)が勝者に祝福を与える御前グランプリだ 【(c)️Ferrari】

 今やF1ではシンガポールやアゼルバイジャン、ラスベガスなど、市街地レースはすっかり当たり前の存在になった。それでもモナコは依然として特別だ。

 世界中から集まった大金持ちが豪華クルーザーや超高級ホテルのバルコニーから観戦する。まるで古代ローマの貴族たちが奴隷出身の剣闘士たちの死闘を眺めたように。さらにモナコは王室が観覧する御前レースであり、他のグランプリのような表彰台はない。太公より高い位置にドライバーが立つことは失礼にあたるからだ。シャンペンファイトも同様の理由で、2019年まではロイヤルファミリーの前では決して行われなかった。

 ひとことで言えば、時代錯誤ぶりも甚だしい。しかしそれもモナコの魅力なのだ。そもそもこれだけ建物が密集する市街地の、狭く曲がりくねった道路でレースをすること自体が、最大の時代錯誤と言えるだろう。

 だとすればモナコは、グランプリの舞台から消えるしかないのか。一方でF1側も現行F1マシンがあまりに重く、大きすぎることは痛感している。すでに来季の車体は30〜50kg軽量化され、小型化も進められる方向だ。

 さらにモナコだけの特別ルールに関しても、たとえば予選は1台ごとのスーパーラップにするとか、レースは土日の2ヒート制にするとか、色々なアイデアも出ている。1年後のモナコGPがどう変わっているのか、楽しみに待ちたいと思う。

(了)

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著者プロフィール

柴田久仁夫(しばたくにお) 1956年静岡県生まれ。共同通信記者を経て、1982年渡仏。パリ政治学院中退後、ひょんなことからTV制作会社に入り、ディレクターとして欧州、アフリカをフィールドに「世界まるごとHOWマッチ」、その他ドキュメンタリー番組を手がける。その傍ら、1987年からF1取材。500戦以上のGPに足を運ぶ。2016年に本帰国。現在はDAZNでのF1解説などを務める。趣味が高じてトレイルランニング雑誌にも寄稿。これまでのベストレースは1987年イギリスGP。ワーストレースは1994年サンマリノGP。

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