松山マスターズ制覇の礎になった8年前の悔し涙 難コース開催の全米プロもV狙える理由

塩畑大輔

松山本人は本当に好調だったのか

3日目を1打差2位でホールアウトし、ジェイソン・デイと握手する松山英樹 【Photo by Brian Spurlock/Icon Sportswire via Getty Images】

 大会直前。

 松山の取り組みが、普段のメジャーとは少し違う。
 杉澤さんにはそう見て取れた。

「普段はもっとスイングのことを気にしている印象なのですが、あの大会は違った気がします。練習ラウンドでグリーン周りのチェックなどにかけている時間がすごく長かった。いつもはドライビングレンジでショット練習している時間を、コースチェックに費やしている。そんな気がしました」

 大会が始まった。
 松山は第2ラウンドで「64」をマークし、早くも首位に立った。

「あの年の全米プロは本当に難しかったと思います。予選通過ラインが5オーバーまで下がっていましたから」

 予選ラウンド2日間の全体平均スコアは73.94にも達していた。
 そんな中、松山は第2ラウンドをボギーなしで回っていた。

「私は松山プロを中心に追っていたので、完全に錯覚に陥ってしまっていました。難しいセッティングに見えて、実は簡単なんじゃないか…と。当時の中継をみていたファンの皆さんもそうだったんじゃないでしょうか」

 本人も好調だと感じていたのだろうか。

「いや、そうでもなかったかもしれません。調子が良いときの松山プロは、むしろコメントが抑制的になる傾向がある気がしています。あの大会は本当に淡々としていて、調子が良いときの印象とも、調子が悪いときの印象とも違いました。そういう次元を超越したところに行ってしまったのかな、とすら思えました」



 第3ラウンドこそ73とスコアを落としたが、首位と1打差の2位。
 最終ラウンドも10番を終えた時点で2つスコアを伸ばした。この時点で、通算8アンダーの単独首位に立っていた。

 いよいよ日本勢初のメジャー制覇が現実味を帯びてきた。
 だが、ラウンドレポートをする杉澤さんは、同組のジャスティン・トーマスのプレーぶりが気になっていた。

「1番でいきなりボギーだったんですが、5メートルくらいのパットをねじ込んでいたんです。あれがダブルボギーならその時点で終戦、というところを粘ってきた。確か親子3代でPGA会員、という一家ですよね。大会に対する思い入れが違うんだろうなと感じました」

 終始安定したショットをみせる松山に対して、トーマスのショットは左右に散っていた。
 なのに、崩れない。極めつけは10番パー5のティーショット、そしてパットだった。

10番グリーンでボールがカップに沈んだ瞬間に興奮の表情を見せたジャスティン・トーマス 【Photo by Brian Spurlock/Icon Sportswire via Getty Images】

「ドライバーを左の林のほうに大きくひっかけたんですよ。でも、深く入って優勝争いから脱落、と思いきや、木にあたったボールが大きく跳ね返ってきて、フェアウェーの中央まで戻ってきた。加えて、カップのふちで一度止まったバーディーパットが、5秒以上ほどたった後にコロンと転がり込んだ」

「そこから一気に、会場がトーマス応援ムードになっていくんですよね。そんなアウェー感の中で迎えたのが、11番の第2打でした」

もう一滴もガソリンが残っていない

暑さに疲弊し、汗をぬぐう松山英樹 【Photo by Scott Halleran/PGA of America via Getty Images】

 11番パー4。松山のティーショットはフェアウェー中央を捉えた。
 だが絶好の位置から放ったアイアンショットが、グリーン右ラフに外れてしまった。

 手にした白いタオルで、顔の汗をぬぐう。
 後半に入ってからその頻度が増えていると、杉澤さんは見ていた。明らかに消耗している。

「前の週も優勝するためにエネルギーをフルに使っていた上に、ものすごい暑さの中でのプレーが続いていた。もう一滴もガソリンが残っていないような状況に、私には見えました」

 11、12、13番と、まさかの3連続ボギー。
 一瞬にして、トーマスに3打遅れを取る苦境に陥ってしまった。

「一生懸命に水を飲んだりしていましたが、顔が真っ赤になってしまっていた。しかも会場はすべて、トーマスの応援に回っていました。すでに限界だったんだと思います」



 14、15番と連続でバーディーを取り返した。だが、体力が回復したわけではないことは明らかだった。

 16番でボギーをたたき、首位トーマスと3打差で迎えた18番パー4。
 松山はティーショットを左の小川に入れてしまった。1罰打を課されての第3打は、200ヤード以上を残していた。

「近くで見ていた私には、狙っているように見えました。ピンにつけることを狙っていた、ではないです。おそらく、カップインを狙っていた」

 その言葉通り、アプローチのようにラインが出されたショットは、ピンの根本に突き刺さるように落ちた。
 もちろん、その位置にキャリーしたのでは大きすぎる。ボールはグリーン奥のラフに達して止まった。

「すごい場面を見た、と私は思いました。最後まであきらめない、というのとはちょっと違うのかもしれない。どちらかというと、意識を失いかけながらもゴールまで走るマラソンランナーの姿に、松山プロが重なりました」

「最後の力を振り絞ったというよりも、もう何も残っていなかったんじゃないかと。カップに向かって打つ、というゴルファーの本能だけが、空っぽになった松山プロの中に残されていて、それに従って放たれたショットがあの1打だったのかなと、私は感じました」



 スコア申告を終えて、松山が取材エリアに姿を現した。

 淡々と、各局のインタビューに答えている。
 彼の言葉にはいつも、強い反骨心と、隠しきれない遊び心がにじんでいる。だがこの日は、ただただ静かに言葉を継いでいた。

 本当に空っぽになったのだろう。
 なんとも言えない気持ちで、杉澤さんは順番を待っていた。

 ねぎらいの言葉から、インタビューを始める。
 だがすぐに、異変に気付いた。

 気丈にふるまっていた松山が、嗚咽し始めた。

 生中継の場だ。
 必死に機転を利かせて、本人に代わって試合を振り返る。無言の間をつなぎながら、嗚咽が止まるのを待った。

 だが、それは難しいだろうと、すぐに察した。
 ずっとそばで見ていたから、察してしまった。

「日本のファンに一言だけ」
 そういって、インタビューを切り上げにかかった。

「悔しいですね」
 絞り出すように、松山は一言だけ語ってくれた。

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著者プロフィール

1977年4月2日茨城県笠間市生まれ。2002年に新卒で日刊スポーツ新聞社に入社。サッカーの浦和レッズや日本代表、男子ゴルフ、埼玉西武ライオンズなどの担当記者を務める。2017年にLINE NEWSに移籍し、トップページの編成やオリジナルコンテンツ企画を担当。note、グノシーをへて、2024年7月からU-NEXTに所属。

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