アジアンツアーが見せた“試合+エンタメ” 音楽が鳴り響く18番ホール、ゴルフトーナメントの新常識

北村収

選手がプレー中も音楽が鳴り響く18番ホール 【北村収】

 選手がショットを打つ時、ボランティアの方々が「お静かに!」と書かれたサインボードを掲げ、ギャラリー全体がシーンと静まり返る。ゴルフトーナメントでは「完全沈黙」が原則だ。とくに朝の1番ホールのスタートと18番のフィニッシングホールのグリーンは、プレーする側も見る側も緊張感に包まれる。

 ところが、千葉県のカレドニアン・ゴルフクラブで5月8日から11日まで開催された「インターナショナルシリーズジャパン」では違っていた。朝の1番ホールも最終の18番ホールも、選手がプレー中、近くにある大きなスピーカーからは音楽が流れ続けていた。

18番グリーン近くの巨大モニター付近にいるDJが、選手がプレー中も絶え間なく音楽を流していた。 【北村収】

アジアンツアーのプレミアム大会を日本で開催

「インターナショナルシリーズ」とは、2022年にスタートしたアジアンツアーの新設カテゴリーで、あの高額賞金で有名なLIV Golfが支援する。2025年は10大会が開催予定で、5月8日から11日まで開催された「インターナショナルシリーズジャパン」は第3戦目となる。この大会の賞金総額は200万ドル(約2億9,000万円)と日本ツアーよりも高額。なお、インターナショナルシリーズのシリーズ年間チャンピオンには、LIV招待への出場などの特典がある。このシリーズの最大の特徴は、“スポーツ+エンタメ”の融合。LIV Golf同様、会場内では音楽が常に流れ、試合以外にも様々な仕掛けでギャラリーを楽しませる。

ゴルフを知らない人も惹きつける“フェス型トーナメント”

 注目すべきは、そのアプローチがゴルフファンの裾野を広げている点だ。今季開幕戦となったインドで開催された「インターナショナルシリーズインド presented by DLF」では、初の開催ながら4日間で約22,000人を動員。人気のブライソン・デシャンボーの出場もあったが、それ以上に観客を惹きつけたのはコンサートなどのエンタメ企画だった。

インターナショナルシリーズ開幕戦、「インターナショナルシリーズインドpresented by DLF」の会場の様子。 【写真提供:インターナショナルシリーズ】

 そして、その“フェス化”の流れは日本でも展開された。会場には フードトラックが並び、1番ティーや18番ホール近くには寝っ転がってくつろげるクッションを多数設置。音楽が流れる中、ビール片手に仲間や家族でくつろぐ光景は、従来のゴルフトーナメントのイメージとは一線を画していた。「ゴルフトーナメントって、スタッフの方々がキャラリーにいろいろと注意をしたり、ルールが多くて堅苦しい印象ですけど、この大会は寛げますね」とあるギャラリーが語った。

 ところで選手は鳴り響く音楽をどのように感じているのか? 最終日最終組を回り2位タイに入った杉浦悠太は「音楽は聞こえていたけど、気にならなかった」ときっぱり。くしゃみやシャッター音といった突発音とは違い、一定のリズムやメロディは特に気にならないというのが選手たちの大方の意見だ。

9番ホールグリーン近くに置かれたクッションで寝転がりながら観戦するギャラリー。 【北村収】

エンタメを重視してゴルフファンでない人々も引きつけるイベントに

「スポーツは健全なファミリーエンターテイメント」と語るのは、このインターナショナルシリーズ最高責任者であるラルフ・シン氏だ。「ゴルフは様々な理由によってこれまで観客が限られていましたが、LIV Golfやこのインターナショナルシリーズでは、音楽や様々な施策により、ゴルフトーナメント観戦だけでなく、外に出てスポーツ観戦やエンターテイメント、食事やアクティビティを楽しみたい人に対しての興味も促しています」と続けた。

インターナショナルシリーズ最高責任者のラルフ・シン氏。 【北村収】

 実際、「インターナショナルシリーズジャパン」に集ったギャラリーは、日本のツアーと比べて若い人や女性も目立ち、ファミリー層も多かった。5歳の娘さんと二人で観戦していたお父さんに話を聞くと、「クッションやガチャガチャなどもあって遊べるだけでなく、食べ物も子供が喜ぶメニューが豊富で娘も楽しんでいるようです。ボールをくれる選手もいましたし、子供もウエルカムなんですね。実は奥さんと1歳半の息子は別の場所に行っているのですが、こんな自由な雰囲気だったら、連れてくれば良かったです」と話をしてくれた。

生メロンアイスクリームを持ってにっこり笑顔のお子様ギャラリー。 【北村収】

日本開催は地域の人々に加え、海外観光客も引きつける可能性もあり

 日本での開催について、インターナショナルシリーズ最高責任者のラルフ・シン氏に改めて印象を尋ねると、「今週見てきただけでも確信できるのは、ここ日本にはさらなる可能性があります」と語ってくれた。

「日本の豊かな伝統、食、文化のユニークさは、どれもが強い魅力を持っています。日本のイベント参加者だけでなく、インバウンド観光客も惹きつける大きな可能性があります。ゴルフ界において、スポーツ・音楽・エンターテインメントを融合させたトーナメントスタイルは、まだ始まったばかりの新しい試みです。だからこそ、ここからさらに成長させていく余地が大きいのです」。

 日本の観光分野では、海外からの視線がその魅力を再発見し、地域の発展や観光地としての活性化につながった例が数多い。北海道のニセコや岐阜県の白川郷などだ。もしかすると、日本のゴルフ場、そしてゴルフトーナメントにも同じような可能性があるのではないか。日本人が当たり前だと思っているゴルフ文化やゴルフ場の空気感に、海外の方々の目に魅力的なものに映るものがあるかもしれない。

ビールの売り子も実は日本ならではの文化。最終日は晴天に恵まれて大忙しだった。 【北村収】

観戦の場から世代や文化を越えて交流が生まれる舞台へ

 実は日本ツアーでも、すでにゴルフトーナメント“フェス化”は進んでいる。

「BMW日本ゴルフツアー選手権 森ビルカップ」では、開催期間中に「かさまスポーツ&フードフェス」というイベントを隣接コースで実施。地域のスポーツ団体やキッチンカーが集結し、子どもから大人までが楽しめる空間が生まれている。「Sansan KBCオーガスタゴルフトーナメント」では、“夏フェス”をテーマに、豪華アーティストのライブと地元グルメがコースに登場。さらに「三井住友VISA太平洋マスターズ」では、御殿場ラーメンフェスタを同時開催している。

 いずれも共通しているのは、“ゴルフファン以外”の層にも門戸を開いていることだ。ルールを知らなくても、選手を知らなくても、会場に足を運ぶ理由がある。これまで敷居が高かったゴルフトーナメントの現場が、より開かれた場所に変わりつつある。インターナショナルシリーズのラルフ・シン氏も、「ゴルフトーナメントのエンタメ化は、競技のさらなる発展を促し、新しい観客を引き付ける」と断言する。トーナメントの“フェス化”は、ゴルフというスポーツが持つ可能性を大きく広げるものだ。人と人のつながりを生み、地域がにぎわい、世代や文化さらには国を越えて交流が生まれる。ゴルフトーナメントはギャラリーにとって競技観戦でありながら、体験であり、人々との交流の場になり得るのだ。

 これからのゴルフトーナメントは、もっと楽しく、もっと開かれた存在へと進化していく。ゴルフの枠を越えた体験が、ゴルフの裾野を広げ、ゴルフの価値をさらに高めていく。
そんな新しい時代のゴルフトーナメントが、動き出している。

「インターナショナルシリーズジャパン」のフードコーナーは大盛況だった。 【北村収】

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著者プロフィール

1968年東京都生まれ。法律関係の出版社を経て、1996年にゴルフ雑誌アルバ(ALBA)編集部に配属。2000年アルバ編集チーフに就任。2003年ゴルフダイジェスト・オンラインに入社し、同年メディア部門のゼネラルマネージャーに。在職中に日本ゴルフトーナメント振興協会のメディア委員を務める。2011年4月に独立し、同年6月に(株)ナインバリューズを起業。紙、Web、ソーシャルメディアなどのさまざまな媒体で、ゴルフ編集者兼ゴルフwebディレクターとしての仕事に従事している。

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