鬼木監督は鹿島の何を変え、どこへ導こうとしているのか 「常勝軍団」復活への道筋と可能性
“鹿島らしさの復活”と“川崎らしい魅力的なサッカーの導入”
試合後、ロッカールームからチームバスに向かう道すがら、声をかけるたびに、鬼木達監督はそう語ってきた。
ローマは一日にして成らず。千里の道も一歩から。
5月9日時点でリーグ首位を走っているが、そんな言葉が当てはまるように、鹿島アントラーズでの“鬼木改革”はまさに始まったばかりである。
川崎フロンターレから鹿島の指揮官に就任した今季、鬼木監督は参謀役や自身の考えを熟知する選手を古巣から引き抜くことはしなかった。両クラブ間で遺恨が生まれぬよう、鬼木監督らしい男気のある判断だが、川崎時代に培った“止める・蹴る”など技術論を指導できる人材は限られるだけに、時間がかかるのは当たり前である。
あらためて鹿島再建へ掲げたテーマは、“鹿島らしさの復活”と“川崎らしい魅力的なサッカーの導入”だった。
まず“川崎らしい魅力的なサッカーの導入”という点では、「自分の就任が決まって鹿島に来てからスタッフ陣と会って、こういうことをやりたい、止める・蹴るってこういう形ですと、一度みんなで自分が持っている映像を確認した」とイメージを擦り合わせるところからスタートした。
何より難しかったのは“基準の設定”だと語り、「例えばコーンを使ったパス練習でも、どれぐらいが成功の基準なのか共有しにくいですし、初めての人からしたら『けっこう悪くないじゃん』と思っているかもしれない。でも自分からしたら、みんな上手くなっていますが『まだまだ』というところももちろんある」と試行錯誤の連続であったと明かす。
それでもひとつのパス、ひとつのトラップのこだわりを求めてきた成果は、ピッチ上で少しずつ巧みな連係として見られるようになっている。ただし「もっと良くしていかなくてはいけない」というのが鬼木監督の口癖であり、試合によっては勇気を持ってボールを受けられず、攻撃が滞るシーンも少なくない。
その点で攻撃面のクオリティアップとしてポイントになりそうなのが、チーム随一の技巧派と呼べるMF荒木遼太郎の活用法か。FWレオ・セアラの負傷を受け、最近は荒木をトップ下に組み込んだ4-2-3-1を試してきたが、頼れる助っ人は先日、戦列復帰した。本来はL・セアラと鈴木優磨の強力2トップを活かす4-4-2がベースであっただけに、今後、どんなシステムを選ぶのかは注目である。
鹿島らしさ=強さ
「あの経験がなかったら今の自分はいない。93年、Jリーグ開幕で盛り上がっている時期にジーコさんがいて、“プロとは”という考え方、勝負に徹する部分、身だしなみなど、人に見られている仕事だと考えさせられました。自分はなかなか試合に出られなかったですが、そこで戦っている人たちの姿勢を学べたのは本当に大きかった。どんなに痛くても試合に出続けている人たちばかりでしたから。ピッチから外れたら他の人にチャンスがいってしまう。そりゃ、自分になかなかチャンスが回ってこないよなっていうぐらい、戦う集団でした」
ただ、その鹿島らしさが薄れてきていることも実感していた。
「失われているというよりも、プレーなどもそうですが、気付かせられる人が減ってきているということだと思うんです。川崎の時の話になりますが、勝ち出すと、勝っても誰も喜ばなくなり、内容の追及をするようになって、最終的には次のゲームの準備にすぐに頭を切り替える。それが良い悪いではなく、勝ち続け方みたいなものを伝えられる人が少なくなってきているので、そこの難しさはひとつありました」
始動直後には「鹿島らしさってなんだと思う?」と選手たちに問いかけた。自身としては鹿島らしさとは“強さ”だと考えているという。
「勝負に対する執着心、執念など数字で見えないようなものも重要で、強さっていうのは戦う部分、バチバチやるところもそうですし、メンタル的な面も含めます。そこもまだ足りないと言いますか、もっと上げないといけない。本当に細かいところまで気付いていかないと勝てない」
チームは内容に課題を残しながら勝点を稼いでいたが、4月に入ってから怪我人が続出し、苦戦を強いられた。第9節の京都サンガF.C.戦は打ち合いに敗れ(●3-4)、ホーム無敗記録は「27」でストップ。さらに3日後のルヴァンカップではJ2のレノファ山口FCに足をすくわれるなど、公式戦4連敗を喫した。
このまま崩れてしまうのではないか。そんな不安がよぎるなか、鬼木監督は呼びかけた。
「本当に優勝したいのであれば、まだ半分を折り返していない今の時点で、どれだけ他のチームより高い意識で戦えるか。それが今。勝負どころだ」
すると、第11節のアウェー・ファジアーノ岡山戦(○2-1)で連敗を止めると、そこから5連勝。J1最速で通算600勝を挙げた第12節の名古屋グランパス戦(○1-0)では、相手選手たちから嘆息が漏れた。
「セットプレーでやられた。これぞ鹿島という形だった」