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クロップ時代の「熱情」から「安定とバランス」へ 1年目でリバプールを独走優勝に導いたスロット監督の知性

森昌利

下馬評は決して高くなかった。しかし、スロット体制1年目のリバプールは圧倒的な強さを見せつけ、4試合を残してプレミア優勝を決めた 【Photo by Liverpool FC/Liverpool FC via Getty Images】

 4月27日(現地時間、以下同)、リバプールの5シーズンぶり20回目の優勝が決まった。この日のトットナム戦で引き分ければタイトルが確定する状況だったが、ホームのアンフィールドで5-1と快勝。遠藤航も後半31分から出場し、歓喜の瞬間をピッチの上で味わった。カリスマ監督ユルゲン・クロップの後継者という重圧をはねのけ、就任1年目でチームを頂点に導いたアルネ・スロット監督の仕事ぶりは見事というほかない。

スロット体制1年目の優勝を予想する者は皆無だった

 4月28日朝、目が覚めてパソコンに向かうとたくさんのお祝いのメッセージが届いていた。

 12歳と10カ月で、それまで好きだと思っていたものが全部吹っ飛ぶほどビートルズに心を奪われ、4人のメンバー、ジョン・レノン、ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスン、リンゴ・スターの出身地であるリバプールが筆者の心の中で特別な場所になった。

 それに妻の兄貴であるロニーが、ケビン・キーガンを愛するレッズ狂であったことも大きく影響した。英国に移住した際、それがこの国に暮らす男子の宿命であるかのように「サポートするフットボールクラブを決めろ」と言われて(その後に「リバプールだよな?」と続いたが)、すんなりとリバプールにした。

 お祝いのメッセージは、筆者がリバプール・ファンであることを知っている親しい友人たちからだった。そしてみんながみんな、筆者が4月27日のトットナム戦を現地で取材していると思っていた。

 ところが! 残念なことに、この歴史的な試合をアンフィールドで取材することは叶わなかった。筆者を含めて日本人ジャーナリスト全員の取材申請が落とされてしまったのだ。
 
 昨季はユルゲン・クロップとのお別れとなるホーム最終戦に、日本人ジャーナリストとしてたった1人、入れてもらっていた。そのこともあって、難しいだろうと思いながらも期待はあった。けれども今回だけは無理だったようだ。

 クロップの最終戦はプレミアリーグのシーズン最終節であり、10試合が同時に行われて記者がばらけた。しかし今回のトットナム戦は、FA杯準決勝も行われてはいたが、プレミアリーグはたった2試合しかない日曜日午後4時半キックオフだった。きっと、あっという間に地元英国メディアのジャーナリストたちの申請で記者席が埋まってしまったことだろう。

 というわけで、前回のパンデミック時と同じく、5年ぶりとなったリバプールの今季の優勝もテレビ画面を通して目撃することになった。

 結果的に4試合も残し、4月中に決まったぶっちぎりの優勝だった。

 2018-19シーズンは欧州チャンピオンズリーグを制し、勝ち点97を記録しながらも2位だった。ところが今季の優勝はわずか82ポイントで確定した(トットナムと引き分けて80ポイントとなっていても優勝は決まっていた)。こんなところにもアルネ・スロット監督の強運を感じる。

 確かに、2024年バロンドール受賞のロドリを怪我で欠いた絶対王者マンチェスター・シティが信じられないような不振に陥り、またブカヨ・サカを皮切りに、ガブリエウ・ジェズス、カイ・ハフェルツとアタッカーが次々に故障して戦線離脱したアーセナルが決定力を欠き、シーズン半ば以降に勝ち点を取りこぼしたこともある。

 とはいえ、リバプールだけが優勝に相応しいパフォーマンスを安定して示していたことは間違いない。開幕4戦目でノッティンガム・フォレストに0-1で敗れたが、その後は第31節のフラム戦まで一度も負けなかった。近年のプレミアリーグでデビューシーズンに優勝を果たした監督は、ジョゼ・モウリーニョ(チェルシー)をはじめ、カルロ・アンチェロッティ(チェルシー)、マヌエル・ペレグリーニ(マンチェスター・C)、アントニオ・コンテ(チェルシー)と数人いるが、いずれも資金が豊富なチェルシー、またはマンチェスター・Cの新監督で、今回のスロットほどの意外性はない。

 インパクトという意味では、その前シーズンに無敗優勝を果たした最強アーセナルを蹴落として優勝したモウリーニョは鮮烈だった。しかしこのときのチェルシーは、夏に当時のオーナーだったロシア人の大富豪ローマン・アブラモビッチが膨大な資金を投入し、ディディエ・ドログバをはじめ、リカルド・カルバーリョ、ペトル・チェフ、アリエン・ロッペンらを獲得しており、十分な戦力を有していた。

 これに対して、今季スロットに与えられた新戦力はイタリア代表FWフェデリコ・キエーザのみだ。しかも、ユベントスから加入した27歳(当時)FWは故障がちで、ここまでリーグ戦出場はわずか4試合。スタメン出場はゼロで、ゴールもない。

 カリスマ監督のクロップが去り、十分な補強もなく、加えてモハメド・サラー、フィルジル・ファン・ダイク、トレント・アレクサンダー=アーノルドという中心も中心の3選手が揃って残り1年となった契約問題もあった。時計の針を今季開幕前の昨年8月に戻せば、BBCの30名の解説者による優勝予想は、マンチェスター・Cが19名、アーセナルが11名。英国では無名だったスロットがデビューシーズンでプレミアリーグを制すると予想した者は皆無だった。

 しかしそんな逆風をはねのけ、オランダ人監督の初優勝というおまけもつけて、スロット・リバプールが圧倒的な強さで優勝した。

一貫して冷静で感情的な失言は全くなかった

スロット監督はクロップの遺産を引き継ぎながら、システムを4-2-3-1に変えて組織的な守備を構築するなど自らの色も打ち出し、プレミアの覇権をもたらした 【Photo by Carl Recine/Getty Images】

 第34節のトットナム戦ではそんな強さを象徴するように、先制されながらもその後5点を奪って5-1勝利で優勝を決めて、翌日28日の英メディアは46歳オランダ人知将に対する称賛で溢れていた。

 そんな褒め言葉の嵐からスロットの戦略面の功績を拾うと、まずはクロップのカウンタープレスを根元とする攻めダルマの4-3-3を4-2-3-1に組み替えて、組織的な守りを植えつけたことがある。

 クリーンシートを重ねていたシーズン前半戦に、センターバックのファン・ダイクが「今季は全員に守りの意識が根付いている。ディフェンダーだけで守ったらこうはうまくいかない」と話していた。それはトータルフットポールのオランダ人監督が攻撃だけでなく、守備の意識を総合的(トータル)に引き上げたということだろう。

 またスロットは前回優勝した2019-20シーズンと2023-24シーズンのデータを示して、運動量の低下を指摘したという。

 独走態勢が固まりつつあった1月、クロップはスロット・リバプールを「もしも君がリバプールのファンでないとしても、今最も見る価値があるチームだと思う。なぜなら本当に頂点のフットボールを展開しているからだ。現時点でバランス面ではベストのチームだ」と評した。

 筆者はこの「バランス面ではベスト」という発言に注目したい。ここでクロップは、自分とスロットのスタイルの違いに言及していると思う。自分がドイツ人の不撓不屈(ふとうふくつ)の精神を基盤にしたヘヴィメタル・フットボールを標榜し、アグレッシブ極まりないフットボールを展開したのに対し、スロットのフットボールは「攻守のバランスが素晴らしい」と語ったのだ。

 これはもちろん、どちらが良いか悪いか、優れているか劣っているかという問題ではない。クロップはその天真爛漫な性格と心を揺さぶる超攻撃的フットボールで、それまで低迷していたリバプールを押し上げ、1960年代の伝説的な監督ビル・シャンクリーのように、現場、経営陣、そしてサポーターから絶大な支持を集めて一枚岩のクラブにした。

 クロップが現場、経営陣、サポーターの三位一体とした“一枚岩のクラブ”という基盤が、スロットのデビューシーズンの支えになっていたことは間違いない。

 一枚岩のクラブの継承は、昨季の最終戦後のセレモニーでクロップが別れの挨拶の最後に突如として「ア~ネン・スロット! ラ~ラ、ラララ!!」と、SNSで発表されたばかりの新監督のチャントを大声を張り上げて歌い出したことで簡単に完結した。

 このシーンを現場で目撃した筆者は、まさに稲妻に打たれたような感覚に陥った。カリスマであり、神に近い存在だったクロップが「俺の後のスロットを頼む」と、考えられないほど直接的かつ単純な方法でサポーターに訴えた。これで、クロップの後継者候補として全くのノーマークであり、しかもイングランドでは無名だったスロットの居場所が一瞬にしてリバプールに切り開かれたのだった。

 すると、熱の塊のようだったクロップとは対照的とも言えるスロットのクールさが頼もしく見えた。4-2-3-1に変更して、失点が減ると同時にサラーが爆発した。それはフォーメーションの変更により最前線から1.5列目に落ちたエジプト人エースに、若干の余剰スペースが生まれたからだった。

 スロットは一貫して冷静だった。最初の公式戦11試合で10勝を記録しても全く浮足立たなかったし、3月の第3週、パリ・サンジェルマン(PSG)にPK戦の末に負けて欧州チャンピオンズリーグから敗退し、続いてニューカッスルにリーグ杯決勝で敗れてもパニックに陥るようなことはまるでなかった。

 それに感情的な失言が全くなかった。PSGに敗れた直後の会見では、「自分が監督をした試合の中で最高の試合だった」と語った。この発言は自軍の選手団の自信喪失を見事に回避するとともに、一発勝負のトーナメント戦を“時の運”と間接的に語り欧州最強戦敗退のダメージを最小限に和らげた。会見に出席していた筆者は、本当にインテリジェンスが高い監督だと感服した。

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著者プロフィール

1962年3月24日福岡県生まれ。1993年に英国人女性と結婚して英国に移住し、1998年からサッカーの取材を開始。2001年、日本代表FW西澤明訓がボルトンに移籍したことを契機にプレミアリーグの取材を始め、2024-25で24シーズン目。サッカーの母国イングランドの「フットボール」の興奮と情熱を在住歴トータル29年の現地感覚で伝える。大のビートルズ・ファンで、1960・70年代の英国ロックにも詳しい。

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