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残り5試合、三笘薫の不退転の覚悟 自らのゴールも実らず完敗も「まだ諦めない!」

森昌利

絶体絶命の条件を突きつけられていたレスター

2016年2月2日のリバプール戦。マフレズ(右)のロングパスをヴァーディー(中央)が右足ボレーで合わせたレスターの先制弾は、今でも多くの人の記憶に刻まれている 【Photo by Plumb Images/Leicester City FC via Getty Images】

 翌日の日曜日は、レスターのキングパワー・スタジアムに出かけた。岡崎慎司の伝説が今も語り継がれるスタジアムは、いつも筆者を本当に暖かく迎え入れてくれる。

 しかしこの日の試合直前、レスターが降格圏を脱出するための“ターゲット”であるウルバーハンプトンがアウェーでマンチェスター・ユナイテッドを1-0で下し、勝ち点を38に伸ばして順位を15位まで上げてしまった。

 その代わりに17位に落ちた勝ち点36のウェストハムが新たな対象となったが、レスターがここから全勝したうえでウェストハムが全敗して、しかも27もの得失点差(ウェストハムの-18に対し、レスターが-45)をひっくり返さなければならないという絶体絶命の条件を突きつけられていた。

 試合前の記者室で顔見知りのレスター広報官リチャード・メロー氏と話した。「奇跡のレスターじゃないか」と話しかけると、リチャードは「その通り」と言ったものの、この試合の直前にアーセナルが4-0でイプスウィッチを下したことで、「マサ、今日のリバプールの優勝はなくなったけど、うちの降格はきっと今日決まってしまうよ」と苦笑いした。

 そこで筆者は、「2016年のリバプールとのホーム戦、覚えてる? (ジェイミー・)ヴァーディーのスーパーゴール、すごかったよなあ」と言った。するとリチャードが目を細めて、「後ろから飛んできた(リヤド・)マフレズのロングボールがワンバウンドしたところに右足のボレー。本当にすごかった!」と、まるで昨日の出来事のように話した。

「知ってる? あの試合直後に(ユルゲン・)クロップがシンジ(岡崎)に何か話しかけていたんで『何を話したの?』って聞いたんだ。そうしたらシンジが『お前ら優勝できるぞ!って言われました』って言ったんだよ」

 筆者がそう言うと、リチャードは「えっ!? あれは2月の試合だったよな。あの時点でクロップはうちが優勝するって言ったのか!?」と感慨深げに言った。そう、あの時点ではまだ誰もレスターが優勝するとは思っていなかった。まさに名将の予言だった。

値千金のゴールを決めたTAAは自軍サポーターの前に仁王立ちして

出場して5分後に0-0の均衡を破るゴールを決めたアレクサンダー=アーノルドは、自軍サポーターが陣取るエリアの前で自らを誇示した 【Photo by Liverpool FC/Liverpool FC via Getty Images】

 この日の試合は、レスターにとっては悲しいながらリバプールが勝利して、リチャードの予言通りミラクル・レスターがわずか1シーズンでチャンピオンシップ(2部リーグ)に逆戻りすることが決まった。

 リバプールが終始試合を支配し、28本のシュートを浴びせたが、レスターが許したのはわずか1ゴールだった。そしてそのゴールを決めたのが、今季限りでリバプールを離れてレアル・マドリーに移籍することが確実視されるトレント・アレクサンダー=アーノルドだった。

 パリ・サンジェルマンとの欧州CLラウンド・オブ16第2レグで負傷して、その後の公式戦4試合を欠場していたTAA(リバプール・ファンはトレントをそう呼ぶ)は、しびれるような0-0が続いていた後半26分にアウェーのピッチに立つと、その5分後、コーナーキックからの流れで生じたルースボールに回し蹴りを繰り出すようにして左足を合わせた。

 その後のセレブレーションがすさまじかった。

 TAAはゴールが決まったのを見届けると、まさに咆哮(ほうこう)しながら一直線に右サイドに駆け出し、シャツを脱ぎ捨て、ひざまずきながらコーナーフラッグを叩くと、そのままリバプール・サポーターで埋まるアウェー席の前に仁王立ちした。

 TAAがピッチに登場した瞬間、そのアウェー席からはブーイングも聞こえた。しかし弱冠18歳でクロップに見いだされた生え抜きの天才キッカーが、チームを勝利に導くゴールを決めた直後に目の前にやって来ると、サポーターはその名を連呼するしかなかった。

 このときのTAAはまるで若きキングのようだった。荒くれ者ばかりの自軍サポーターを完全に睥睨(へいげい)して、支配した。

 この光景を見た瞬間、まさかの逆転残留もあるのかと思った。しかし、自らのゴールが決勝点となった試合の終了直後に感涙を流しているようなTAAを目撃すると、あの仁王立ちが別れの挨拶にも思えた。

 残留? 移籍? 果たして、TAAの決断はどちらになるのか。劇的なゴールが飛び出した試合後、有力OBのジェイミー・キャラガーが「ケビン・デ・ブライネを右サイドバックに置いたかのような選手。あの創造性は誰が後継者になっても引き継げない」と語ったアレクサンダー=アーノルドの去就をめぐる交響曲は、リバプールの20回目の優勝で巻き起こるであろうノイズと共鳴して、フットボール狂がひしめくイングランドで大きく鳴り響くことは間違いなさそうだ。

(企画・編集/YOJI-GEN)

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著者プロフィール

1962年3月24日福岡県生まれ。1993年に英国人女性と結婚して英国に移住し、1998年からサッカーの取材を開始。2001年、日本代表FW西澤明訓がボルトンに移籍したことを契機にプレミアリーグの取材を始め、2024-25で24シーズン目。サッカーの母国イングランドの「フットボール」の興奮と情熱を在住歴トータル29年の現地感覚で伝える。大のビートルズ・ファンで、1960・70年代の英国ロックにも詳しい。

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