“ポスト大坂”内島萌夏と“勝負師”杉山愛監督――BJK杯ファイナル進出を引き寄せた2人のキーパーソン

秋山英宏

女子テニスの国別対抗戦、BJK杯ファイナルへの進出を決め、笑顔の日本選手たちと杉山愛監督(右端) 【写真:ロイター/アフロ】

BJK杯ファイナルへの進出を決めた日本

 最終試合のダブルスで日本の勝利を決めた青山修子と柴原瑛菜は、健闘を称え合うように、しっかりと抱き合った。そこに杉山愛監督、シングルスで出場した内島萌夏、第1戦のダブルスに出た穂積絵莉が加わって円陣ができた。喜びを抑えきれない5人は、ぴょんぴょんと跳ね、円陣は渦となって右回りに動いた。苦しい戦いから解放されたチームが作った歓喜の輪だった。

 女子テニスの国別対抗戦、ビリー・ジーン・キング・カップ(BJK杯)※で、日本は9月に中国・深センで行われるファイナルへの進出を決めた。抽選でグループAに振り分けられた日本は、東京・有明コロシアムで4月11日から13日に行われた予選で第1シードのカナダ、ルーマニアと総当たり戦を行い、ルーマニアに3戦全勝、カナダを2-1で倒し、2戦全勝でグループ1位となった。

 ルーマニア戦では、シングルス第1試合で柴原(世界ランキング136位/4月7日時点、以下同)が勝ち、同第2試合では内島(51位)が逆転勝ちでチームの勝利を決めた。次のカナダ戦では、熱戦となった最初のシングルスで柴原が敗れたが、両チームのエースが当たる同第2試合で内島が快勝して1勝1敗とした。勝敗のかかったダブルスは青山(ダブルス55位)/柴原(同58位)が制した。

※「テニスのワールドカップ」と称されるBJK杯は、「フェデレーションカップ」として1963年に創設。現行方式では前年の成績に基づき18カ国が6つのグループに分かれて総当たり戦を行い、グループ1位のチームが9月に中国・深センで行われるファイナルに進出。前年優勝のイタリア、開催国・中国とあわせた8チームで優勝を争う。日本は昨年、初めてファイナルに進出し、1回戦でルーマニアを倒して8強入りした。準々決勝では優勝したイタリアに1勝2敗で惜敗した。

“ポスト大坂なおみ”を担うエースの活躍

シングルス2勝の内島萌夏はエースの風格が漂ってきた 【写真:長田洋平/アフロスポーツ】

 功労者を1人に絞るのは難しいが、シングルス2勝と、エースにふさわしい働きを見せた内島の貢献度は高い。四大大会で4度優勝の実績を持つ大坂なおみは、シーズン序盤に痛めた腹筋に不安があるとして不参加。昨年からの躍進で、日本選手の世界ランク最上位となった23歳の内島が主軸となった。

 174センチと日本選手としては体格に恵まれ、ストロークの威力で押していくことができる攻撃型の選手だ。昨年は全仏で四大大会初勝利を挙げ、パリ五輪にも出場した。

 今シーズンの成績はチームの柱にふさわしいものだ。2月にドバイ(UAE)で17年全仏オープン優勝のエレナ・オスタペンコ(26位)を破り、トップ30選手から奪った初めての勝利となった。3月のインディアンウェルズ(米国)では、21年に18歳で全米オープンを制したエマ・ラドゥカヌ(55位)にも勝っている。

 開幕前の記者会見で「エースの自覚」を問われると、苦笑しつつ、「あります」と答えた。

 もともと、団体戦は得意ではないという内島。「責任感も大きいですし、勝たなきゃいけないって思いすぎていると言ったら変ですけど、やっぱり硬くなってしまうことが多かった。いつも通りのプレーができなかったり、団体戦の独特な雰囲気にあまりうまく対応できてなかった」と明かす。エースの自覚を問われた際には、「それよりも全員で勝利をつかみたい」などと決まり文句でかわす手もあっただろう。だが、内島は、そうしなかった。2日間の戦いを控え、責任をしっかり引き受けると覚悟していたのだ。

 昨年11月にスペイン・マラガで開催されたBJK杯ファイナルでも、チームのエースとして出場。準々決勝のイタリア戦では当時、世界4位のジャスミン・パオリーニに挑んだが、勝利をつかめなかった。「悔しい思いをしたので、またファイナルの舞台に戻って、そこでみんなで勝つように、まずこの予選をしっかり勝ち抜きたい」と雪辱を誓って今大会に臨んだ。

 しかし、思いを実現するのは簡単ではなかった。ルーマニア戦では、88位のアンカ・トドニに土俵際まで追い込まれた。第1セットを落とし、第2セットも1-4の劣勢だった。ランキングで内島に劣る20歳のトドニは、思い切りよくラケットを振っている。それでも内島はしぶとく食い下がった。以前は淡泊な試合を見せることもあったが、トップ選手との対戦を重ね、ラリーで押されても粘って最後に押し返す戦い方も身につけた。

 相手のサービスゲームをブレークして2-4。反撃の足掛かりを作った内島は「2-4になるのと1-5では相手の気持ちも違う。ターニングポイントだった」と振り返った。確かにここから試合の様相が変わった。第10ゲームでは相手に2度のマッチポイントがあったが、「マッチポイントとは考えないで、1ポイントずつ自分のできることに集中した」とピンチをしのいだ。タイブレークでこのセットを奪うと、最終セットも6-2と圧倒した。

「正直、どうやって勝ったか分からない」。責任の重さに押しつぶされることなく、試合に、また、目の前の1ポイントに没入していたことが、こんなコメントからも読み取れる。

 次のカナダ戦では、より難しい状況でコートに立った。第1試合で柴原が2時間45分の激闘の末、敗れた日本は、あとがなくなった。18歳の新鋭ビクトリア・エムボコ(159位)の勝利で、カナダのムードは最高潮、ルーマニア戦でランキング上位のトドニに快勝したマリーナ・スタキュジッチ(同128位)をコートに送り出した。

 内島は持ち味の強打に加え、スライスやドロップショットで緩急をつけた。ハードヒットで押し込めているぶん、変化をつけたプレーが効果を増す。ときおり相手が戦意を喪失したように見えるほど内島がストローク戦で圧倒し、6-3、6-3で勝利した。

「昨日(ルーマニア戦)は硬くなってしまったが、今日は最初から最後まで自分らしくプレーできた。満足してます」と会心の笑顔が見られた。

 国別対抗戦で、選手はときに重圧に押しつぶされる。しかし、これを乗り越えれば、より大きな自信を得る。2戦2勝、大逆転勝ちと圧勝を経験した内島は、大きな手応えを得ただろう。試合を終えると空港へと急ぎ、ヨーロッパに向けて飛び立った。5月の全仏、さらにウィンブルドンと続く四大大会でも活躍が期待される。

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著者プロフィール

テニスライターとして雑誌、新聞、通信社で執筆。国内外の大会を現地で取材する。四大大会初取材は1989年ウィンブルドン。『頂点への道』(文藝春秋)は錦織圭との共著。日本テニス協会の委嘱で広報部副部長を務める。

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