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連続成功記録がストップした盗塁死は大谷の判断ミスだったのか? イチローらも口にしてきた走塁の難しさ

丹羽政善

4日フィリーズ戦の8回、二盗に失敗し、昨季から続いていた盗塁成功が38でストップした 【写真は共同】

 4月4日(※日時はすべて現地時間)のフィリーズ戦。3点ビハインドの8回、大谷翔平(ドジャース)が右前安打を放ち、一、三塁とチャンスを広げた後、二盗を試みて失敗した。

 試合後、デイブ・ロバーツ監督は、「彼にはグリーンライト(走者がセーフになると判断した場合は、自由にスタートを切っても構わない)を与えているが、あの場面は、絶対にセーフになる確信がないと、走ってはいけない場面だった」と苦言を呈した。

 大谷には100%の確信があったのかもしれないが、ドジャースは結局、その試合を1点差で落とし、開幕からの連勝が8で止まった。昨季7月から続いていた大谷の盗塁成功(レギュラーシーズン)も38でストップした。

 改めて走塁の難しさを知ることになったが、イチローさん(現マリナーズ会長付特別補佐兼インストラクター)がこんなことを昔、よく口にしていたことを思い出した。

「走塁は難しい」

足の速い選手にしか訪れない判断の難しさ

メジャー通算509盗塁を誇るイチローでも感じる走塁の難しさとは 【写真は共同】

 イチローさん自身が走者だったわけではないが、2011年4月12日のブルージェイズ戦で、こんなプレーがあった。

 相手のブルージェイズは、終盤の8回、1点差としてなおも1死三塁の同点機を迎えていた。ここで前年の本塁打王だったホセ・バティスタが一塁へファウルフライを打ち上げると、一塁手のジャスティン・スモークが、フェンス際でキャッチ。場所は、一塁と右翼の中間付近だった。

 この打球で、三塁走者だったコーリー・パターソンがタッチアップしてホーム突入を試みるもアウト。滑り込むことすらできなかった。そのシーンだけを切り取れば暴走と映ったが、一連のプレーを振り返ったイチローさんは、「走塁は難しい」と、ぼそっと漏らした。

「スピードのない選手には絶対に起きないこと。別にその後、何かを言われることもない。スピードのある選手はあれを考えて……。実際、あそこで行く勇気はすごい。でも結果ああなると、急につらい立場になる……」

 それはまるで、パターソンと自分自身を重ね合わせてもいるようで、「あのプレーで責められるのかなぁ……」と、わずかな期間、チームメートだったこともある彼を思いやった。

イチローが「走塁は難しい」と振り返った、パターソン(写真奥)の本塁タッチアップは悠々アウトになった 【Photo by Otto Greule Jr/Getty Images】

 その前年には、イチローさん自身が、似たような状況を経験している。

 7月18日のエンゼルス戦のことだ。延長10回表1死二塁で、イチローさんが二塁ランナーだった。ここでフランクリン・グティエレスが三遊間に転がすと、抜けるかどうかは微妙だったものの、イチローさんは目の前の打球に対して、スタートを切っている。打球は果たして、ショートの守備範囲内。結果としてイチローさんは三遊間で挟まれてアウトとなった。セオリーに従えば、あのケースで二塁走者は打球の行方を見届けなければならない。抜ければ三塁へ。遊撃手が捕れば二塁へ戻る。飛び出してアウトになったことでイチローさんは批判されたわけだが、彼は試合後、プレーの意図をこう説明した。

「ワンアウトで抜けて、(ホームに)還れない選択肢は、僕に許されない」

 抜けるのを確認してからスタートを切れば、三塁止まり。いや、ひょっとしたら三塁コーチは手を回すかもしれないが、ホームでアウトになる確率は極めて高くなる。しかしそのとき、イチローさんのような選手の場合、ホームでアウトになることは許されない。それが彼に対してチーム、ファンが期待するもの。これもパターソン同様、足の速い選手にしか訪れない、判断の難しさだった。

 大谷にも昨年、プレーオフで難しい判断を求められるシーンがあった。メッツとのリーグチャンピオンシップ第5戦。初回、大谷が右前安打を放ち、ムーキー・ベッツも右前二塁打で続いて無死二、三塁。続くテオスカー・ヘルナンデスがショートゴロを放ったが、大谷はホーム突入をちゅうちょした。そのことに対し試合後、ロバーツ監督は、「内野は下がっていた。あのショートゴロで、翔平はスタートを切るべきだった。彼の足が、動かなかった。何があったとしても、言い訳できない」とやはり苦言を呈した。

 確かにあの内野の位置なら、メッツとしても“1点は仕方がない”という守備隊形。大谷は、打球が痛烈だったことで突入をためらったが、ロバーツ監督の目には、そうは映らなかった。

「彼らにしてみれば、あそこでアウトをとったことで、流れを引き寄せた。初回に1対0とリードできなかったことが要因となった」

 大谷はディノ・イベル三塁コーチに、「アウトになれば、1死一、三塁で4番のフレディ(・フリーマン)。足を痛めていて走れないので、併殺のリスクが生まれる」と説明した。「打球も速かったので、1死二、三塁の方がいいと思った」。

 しかし、大谷の足ならセーフになったはず。そもそも、投げてこないだろう、というのがドジャースの判断だった。前者なら、1点が入って、なおも無死一、三塁という場面。後者なら1点が入り、なおも1死三塁、もしくは二塁。

 結局、これも大谷が三塁走者だったからこそ起きた議論。足が遅ければ、求められることもない。大谷だったからこそ、ロバーツ監督もホーム突入を疑わなかった。

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著者プロフィール

1967年、愛知県生まれ。立教大学経済学部卒業。出版社に勤務の後、95年秋に渡米。インディアナ州立大学スポーツマネージメント学部卒業。シアトルに居を構え、MLB、NBAなど現地のスポーツを精力的に取材し、コラムや記事の配信を行う。3月24日、日本経済新聞出版社より、「イチロー・フィールド」(野球を超えた人生哲学)を上梓する。

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