クリスタルパレスの勝利に不可欠だった鎌田の“クール” 三笘との日本人対決でフットボールIQの高さを見せた
鎌田は明らかにブライトン攻撃陣の障壁となっていた
英語の表現に“as cool as cucumber”(きゅうりのようにクール)というものがある。どんな状況に置かれても非常に冷静で的確な対応をする人間を指すものだが、ブライトンとのリーグ戦に先発出場した鎌田はヒートアップした試合のなかで、まさに「きゅうり」のようにクールだった。
28歳の日本代表MFにとっては、2月2日のマンチェスター・ユナイテッド戦以来となる、久しぶりのリーグ戦先発だった。ポジションは3-4-2-1の左ボランチ。トップ下もこなす鎌田の攻撃力とスペースのないラストサードでの正確な連携能力からすれば、かなり守備的な役割を与えられていた。
試合開始直後の前半3分にエベレチ・エゼの、まさに敵陣を切り裂くようなグラウンダーのパスがジャン=フィリップ・マテタに渡り、27歳フランス人FWが豪快に左足を振り抜いてクリスタルパレスが早々と先制したこともあり、鎌田の守備的な役割はさらに強まった。
前半、攻撃的なプレーはほぼなかった。ボールタッチも本当に限られていた。しかし、それでも鎌田はそれが当然だというように黙々と走り続けた。もちろん、ただ闇雲に走っていたわけではない。ヨーロッパで多くの経験を積み、高いフットボールIQを持つ28歳MFは、自分がそこにいたら敵が一番嫌がるだろうという位置を察知し、早く同点にしたいブライトン攻撃陣の明らかな障壁となっていた。
この試合はダービーだった。通常は同じ街のクラブ同士の戦いがそう呼ばれるが、ロンドンの南の外れにあるクリスタルパレスと英国南端の浜辺の街にあるブライトンは、1970年代に険悪な宿敵関係となり、英メディアは両クラブの本拠地をつなぐ高速道路「M23」にちなんでこのカードを「M23ダービー」と呼ぶ。
というわけで、両チームのサポーターが一番負けたくない相手との対戦である。したがって、当然のようにこの試合も激烈なものになった。最終的に両軍合わせて3人の退場者が出たことでもその激しさが伝わると思う。ただでさえフィジカルな戦いが繰り広げられるプレミアリーグなのに、そこからもう一歩踏み込み、さらなる緊迫感を醸し出す展開になった。
そのなかで、鎌田のクールさが際立った。
いうなれば“露払い的”に守りに徹し、ボールに絡むことがなくても、鎌田の表情は淡々としていて、冷静だった。そしてブライトンが前半31分にダニー・ウェルベックのゴールで追いつき、試合がますますヒートアップしていた後半10分、鎌田がクールに美しく舞った。
左ウイングバックのタイリック・ミッチェルがブライトンFWヤンクバ・ミンテのドリブルを止め、ボールを奪い返すと、前方の鎌田に向かって縦パスを出した。パスに反応して、ブライトンの「NO.6」カルロス・バレバがすかさず鎌田の足元へ飛び込む。その刹那だった。鎌田は右足でミッチェルからのパスをトラップすると、バレバの右足が伸びてきた瞬間、左側に反転しながら右足でスパッと左前方にパスを放った。
鎌田の美しいパスが左サイドのエゼの足元へぴたりと収まった。ここからドリブルで中央に切り込み、相手DFを引きつけてから、逆サイドを駆け上がってきた右ウイングバックのダニエル・ムニョスに丁寧なパスを出したエゼのアシストも見事だったが、点を決めた28歳コロンビア代表DFの右足のシュートも豪快で素晴らしかった。
起点となった鎌田の妙技、そしてエゼのアシスト、ムニョスのゴールと、3選手がクオリティの高いプレーをつないで生まれたゴールだった。
これは、最近のクリスタルパレスの好調を裏付けるようなゴールだったと思う。そして結果的にこの2点目が決勝点となった。
プレミアのなかでも一段上の「速さ」を見せた鎌田
それは後半アディショナルタイムの6分目の出来事だった。2-1でリードしていたクリスタルパレスだったが、後半33分にエディ・エンケティア、同45分には主将で守りの要であるマーク・グエイがいずれも2枚目のイエローカードをもらって立て続けに退場となり、9対11の2人少ない状況でアディショナルタイムに突入していた。
ブライトンが当然のように攻めダルマとなっていた。金槌をガンガン上から振り下ろすような攻撃だった。そのさなか、鎌田がブライトンの一瞬の隙をつき、勝利を確定させる3点目を狙った場面があった。
ブライトンが高く押し上げた最終ラインで、中盤のマッツ・ウィーファーが胸トラップで後方にいたセンターバックのヤン・ポール・ファン・ヘッケに向かってボールを落とした。しかしこのボールが少し雑で、オランダ代表DFの手前でバウンドして浮き玉となった。そこに鎌田が鋭く突進した。
そこでボールを奪えば、その裏はまさに無人の野だった。鎌田はファン・ヘッケより一瞬早くボールに触って、その脇をすり抜けようとした。あとはブライトンに必殺のカウンターパンチを浴びせるだけ。しかしその刹那、そうはさせじとファン・ヘッケが故意に右足を引っ掛けて、日本代表MFを倒した。
この反則が2枚目のイエローカードとなって、ファン・ヘッケも退場となった。24歳オランダ代表DFは、主審が笛を吹いた瞬間、後ろも見ずにピッチを去った。そのくらいあからさまで、文句も言えないイエローカードだった。けれどもファン・ヘッケが足を出していなければ、鎌田がそのまま抜け出し、3点目を奪っていた可能性はかなり大きかった。
惜しくも3点目を奪うことはできなかったが、この鎌田の突進が9対11から9対10へと数的不利を緩和し、クリスタルパレスの2-1逃げ切りを助けたことは間違いない。
しかし筆者が感動したのは、鎌田の反応の鋭さだった。
日本人選手がプレミアリーグで苦しんでいた2000年代、とあるロンドンのクラブのコーチが東洋の島国からやって来た選手の致命的な欠点を指摘した。
それはプレースピードの遅さだった。そのコーチが言うには、英国をはじめ、欧州、南米、アフリカの選手たちは、子どもの頃からボールを激しく奪い合う、スペースのないフットボールで育っているおかげで、プレーの判断が早い。しかし日本人選手は、ボールを持って次のプレーまでに「常に一瞬の躊躇(ちゅうちょ)がある」と言った。
足が速いとか遅いとか、そういう肉体的なものではなく、イングランド・フットボールのなかでプレーするための、判断のスピードが足りないということだった。
そんなことを言ったら、いったいいつになったら日本のサッカーで育った選手がイングランドのフットボールで通用するようになるのだろうと、そう思ったことを今でも鮮明に覚えている。
しかしこの鎌田のプレーは、そんな日本人選手の欠点をまるで感じさせないものだった。
というより、鎌田はこのプレーでプレミアリーグのスピードのなかでも一段上をいく速さを見せたと言っていいだろう。あの突進は、ほんのわずかなルースボールの可能性を見逃さない判断力が生んだプレーだった。しかも激突を恐れない勇気も伴っていた。さらにいえば、後半アディショナルタイムの6分でも常にボールの行方に集中する素晴らしい精神的なスタミナも見せたのである。
倒された直後に大きく両手を上げて反則をアピールしたが、その時の鎌田の表情もきゅうりのようにクールで冷静だった。
当然のようにフル出場も果たした。できれば試合後にそのクールな存在感についてたっぷり話を聞きたいと思ったが、残念ながら鎌田はミックスゾーンに姿を現すことはなかった。
ミックスゾーンを通り過ぎる際に「足は大丈夫?」と話しかけると、「大丈夫です」という返事が返ってきたが、声はか細く、白いテーピングが巻かれた右足を引きずりながら去っていった。
クリスタルパレスに敗れたブライトンはこれで公式戦3連敗となり、来季の欧州戦参戦に黄信号が灯ってしまった。