書籍『ジャイアンツ元スカウト部長の回顧録』

奥川ら外した19年のGドラフト オリ宮城と迷うも高校右腕指名の理由

長谷川国利

【写真は共同】

 横浜の敏腕スカウトはなぜ巨人へ移籍したのか?今明かされる長野久義、菅野智之獲得の舞台裏。30年にわたるスカウト人生の一部を綴った『ジャイアンツ元スカウト部長のドラフト回想録』(長谷川国利著)から2019年のドラフトに関するエピソードを抜粋してお届けします。

「こんなピッチャーがいるのか!!」

 原監督はドラフトについてはスカウトの意見を尊重される方で、無理に自分の主張を通そうということはありませんでした。ただGMという肩書の人がいなくなり、編成トップの大塚さんも常に原監督に付き添っていましたから、周りやマスコミは原監督が全権を持っているようなイメージがあったかもしれません。前年オフにはFAで広島から丸佳浩、西武から炭谷銀仁朗、さらにオリックスから自由契約になっていた中島宏之、メジャーからは岩隈久志も獲得しています。これらの補強は原監督というよりも球団主導の色合いが強かったように思います。監督もGMも交代して3年間結果が出なくて、それでまた原監督にお願いすることになったわけですから、「何とか戦力を整えますから、原監督お願いします!」という球団の意思表示のように見えました。

 この年、スカウトの現場でとにかく驚いたのが大船渡の佐々木朗希(ロッテ1位/現・ドジャース)です。3月の終わり、雨上がりの寒い日でした。栃木で行われた大船渡と作新学院の練習試合には、この年初めて佐々木が練習試合で投げるということでスカウトもマスコミも大殺到。学校のグラウンドではなく急遽矢板市にある球場に場所を移したほどでした。いろんな高校の監督から「凄いピッチャーがいる」ということは聞いていたのですが、初回に投げたストレートを見て「こんなピッチャーがいるのか!!」とぶったまげました。佐々木は私の想像以上のピッチャーでした。さらにあれだけのボールをきちんとコントロールができていて変化球もいい。体ができたら一体どんなボールを投げるんだろうとワクワクする思いで見ていました。

 次に佐々木を見たのはU18侍ジャパンの代表候補合宿。星稜の奥川恭伸(ヤクルト1位)、創志学園の西純矢(阪神1位)などと並んでブルペンで投げていました。色んなピッチャーのボールを受けようという意図でキャッチャーはシャッフルして交代しながら受けていたのですが、普段は奥川の女房役を務めている、この年5位で巨人に指名される山瀬慎之助が佐々木のスライダーをキャッチできていませんでした。奥川だって高校生としては毎年出てくるようなピッチャーではありませんし、変化球も良かったのにです。当然佐々木も「スライダーを投げる」と言って投げています。それでも山瀬が捕れないというのはよほどのキレがあるということですよね。阪神に5位指名される中京学院大中京の藤田健斗が佐々木の163キロのストレートを受けて指を怪我したというのもビックリしました。

 約30年間スカウトとしてたくさんの選手を見てきましたが、間違いなく佐々木がナンバーワンのピッチャーです。

 佐々木にはプレー以外の面でも驚かされたことがありました。当時の東北担当スカウトの柏田貴史と練習を見に行った時のことです。学校に着いて練習を見ていても、いつまでたってもピッチング練習をする気配がないのです。監督に聞いても「ピッチングをするかどうか分かりません」と言う。普通なら監督は練習を把握しているはずじゃないですか? ここまで来てピッチングが見られないのは困ったなと思っていたら、監督が「あ、今、左中間の方に走りに行ったので、おそらくこの後にブルペンに入ると思います」と言って、ようやく投球をチェックできました。それくらい本人に練習を任せていて、監督が細かく指示する形ではありませんでした。それでも夏の岩手大会決勝で投げさせなかったことには違った意味で驚きました。どこかの球団と裏で繋がっていて、無理させないようにしているのかと疑ったほどです。

 私は1位で佐々木を強く推し、会議でも一度は「佐々木でいこう」という話になりました。当時の球団社長だった今村司さんも「佐々木はスター性もあって巨人で成功したら凄くドラマのある良いストーリーになる」と言っていたのを覚えています。今村さんは日本テレビの出身でしたから、そういう見方も強かったのかもしれません(笑)。

 しかし、原監督は佐々木のことを高く評価しつつも、まだ体ができていないことや怪我のリスクを懸念されているようでした。「同じ高校生でも早く一軍の戦力になる星稜の奥川の方が良いんじゃないか?」と考えられていました。私はどうしても佐々木でいきたかったですから、「早く使えるピッチャーなら今年は明治大の森下暢仁がナンバーワンです」と説明しつつ、その上で高校段階で比べると森下が5点、奥川が10点、佐々木が15点くらいの差があること、それくらい佐々木の能力は飛び抜けていることを話し、改めて佐々木を推しました。

「松坂よりも大谷よりも佐々木が上です」

 そこまで言って強く主張しました。

 それでも1位は奥川でいくことになりました。スカウト部長とはいえ独断で1位を決められるわけではありません。奥川の1位は甲子園で活躍していてスター性があること、佐々木よりも早く使えることなどを総合的に評価して、ということですね。私も佐々木を推してはいましたが、奥川だって当初から“スーパー1位”という高い評価をしていましから、異論はありませんでした。

 その奥川はヤクルト、阪神と抽選になり引き当てたのはヤクルトでした。ちなみに佐々木にも4球団が重複してロッテが引き当てています。奥川を外した場合は即戦力のピッチャーということで、当初から東芝の宮川哲(現・ヤクルト)を指名する予定でした。宮川は東海大山形の出身ですから、こちらとしても繋がりがありますので色んなところから調査もしていました。東芝の平馬淳監督も昔からよく知っていますし「失礼な話で申し訳ないんだけど、外れたら1位で指名させてもらう」ということは話していて、それでも「喜んで!」と言ってくれていました。ただこちらも西武との抽選になって外れて縁がありませんでした。

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