書籍『ジャイアンツ元スカウト部長の回顧録』

着信履歴に「原辰徳、原辰徳、原辰徳」 元巨人スカウト明かす2004年"一場事件"の舞台裏

長谷川国利

栄養費問題で揺れた2004年、同年のドラフト会議で巨人から指名された選手たち 【写真は共同】

 横浜の敏腕スカウトはなぜ巨人へ移籍したのか?今明かされる長野久義、菅野智之獲得の舞台裏。30年にわたるスカウト人生の一部を綴った『ジャイアンツ元スカウト部長のドラフト回想録』(長谷川国利著)から2004年のドラフトに関するエピソードを抜粋してお届けします。

「報道見たか?大変なことになるぞ」

 この年は「即戦力ピッチャーを自由枠で2人獲る」という方針が決まっていましたから、二つ使えた自由枠でまずシダックスの野間口貴彦を獲りました。これも私が巨人に来る前から、内海と同様に社会人に行った時から巨人と話ができていたようです。野間口は関西創価の時に春の甲子園にも出場していて、当時から評判のピッチャーでした。両サイドに力のあるボールが投げられて、個人的にも高く評価していました。ちょっと態度が横柄に見えるところは気になりましたが、気持ちも強そうだしピッチャーらしいなという印象でした。巨人の担当スカウトは中村和久さんで、よく頻繁にシダックスにも通って、当時監督だった野村克也さんの話もされていました。

 もう一つの自由枠は明治大の右腕、一場靖弘に使うつもりで動いていました。一場は当時としては珍しい150キロを連発するほどのスピードがあって、4年になってからは全日本大学野球選手権大会で完全試合も達成するなど、大学生の中では早くから評価が高かったピッチャーでした。巨人としては東京六大学のスターということもあって、まずは獲れないか動いてみようということだったのではないかと思います。個人的には下半身に柔らかさがないのがどうしても気になりましたし、それ以上に一場の精神的な部分が気がかりでした。私は一場の担当ではなかったのですが、担当の付き添いとして一緒に食事をする機会が幾度かありました。話している最中にテーブルの下で携帯をいじったり、待ち合わせ時間にパチンコで遅れてきたり(笑)。率直に言って良い印象を持つことができませんでした。昔の明治大の選手のような雰囲気がないというか、もっとストレートにいえば「その態度はなんだ!」と言いたい気持ちをぐっと堪えることもありました。正直、こういう選手がプロで活躍するのは厳しいんじゃないかと感じたのです。そうこうしているうちに、巨人を含む複数球団が一場に多額の金銭を渡していた、いわゆる「栄養費問題」が発覚しました。

 問題が発覚した時のことは鮮明に覚えています。ちょうど夏の甲子園で大阪に行っている時で、私は梅田にあるサウナに入っていました。サウナから出てきて携帯を見ると着信履歴には『原辰徳、原辰徳、原辰徳』の名前がずらり。ちなみにこの年の監督は堀内恒夫さんで、原さんは現場から離れていた時期です。すぐにかけ直すと、「報道見たか?大変なことになるぞ」 と言われたのが最初でした。

 この問題はニュース、新聞などでも大きく扱われ、球界を揺るがす大問題に発展し、渡邊恒雄オーナー、会長、社長、代表が引責辞任。スカウト部も吉田さんに代わって末次利光さんが部長になっています。またこのとき、新しい取締役球団代表兼編成本部長として本社からやってきたのが、後にGMとなる清武英利さんでした。

 逆指名、自由獲得枠という制度は不正の起きやすい制度でした。しかしながら、これだけの騒動があっても、翌年から枠が一つ減って名前が「希望枠」に変わっただけで、不正の温床になりやすい事実上の逆指名の制度は残りました。

 巨人は一場から手を引いたことで、日本大の大型左腕、那須野巧を狙いにいきました。しかし横浜が早くから接触していたこともあり断られています。横浜以上の条件提示はしていたはずですが、動き始めたのが遅かったため、ひっくり返すまでには至りませんでした。巨人が動き始めた頃には那須野サイドはもう横浜に返事もしていたようです。ちなみに那須野に対しても、横浜がプロ野球界で申し合わせている契約金の最高標準額(1億円プラス出来高5000万円)を大幅に上回る5億3000万円を払っていたとして数年後に大きく報じられました。

 結局、巨人は自由枠のもう一枠で八戸大の右腕、三木均を獲りました。下級生の頃から投げていて力のあるピッチャーではありましたが、一場、那須野ほど評価は高くありませんでした。

 それでも、この時点でのめぼしい即戦力ピッチャーは、大阪ガスの能見篤史(阪神自由枠)が25歳、JR九州の樋口龍美(中日自由枠)が28歳でしたから、三木には即戦力としてももちろん、年齢的な伸び代の部分にも期待しました。ちなみにトヨタ自動車には高卒3年目の金子千尋がいました。ですが、まだ身体も細かったですし怪我もあって、この時点で高く評価している球団は少なかったはずです。オリックスも即戦力としてではなく青田買いのつもりがあったと思います。

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