坂本と樋口が流した涙の意味、千葉は雪辱 フィギュア日本女子が五輪出場枠とともに得たもの

沢田聡子

「緊張を受け入れて」滑った樋口

冷静なリカバリーが光った樋口のフリー 【写真:ロイター/アフロ】

 樋口にとり今大会は、4回目の世界選手権となる。2018年には銀メダルを獲得している大舞台で、経験値の高さを感じさせる滑りをみせた。

 映画『DUNE/デューン 砂の惑星』の曲を使うショートでは、3回転ルッツ―3回転トウループを含むすべての要素で加点を得、スピン・ステップはすべてレベル4。4位につける好発進で、「今シーズンの中で一番体が動いたショートだったなという感じがするので、点数もついてきて良かった」と手応えを感じていた。

 樋口は、過去にも五輪の出場枠がかかる世界選手権を経験している。2018年平昌五輪のプレシーズンに行われた、2017年大会だ。しかしその時は力を出し切れず11位という結果で、日本の出場枠は2014年ソチ五輪の「3」から一つ少ない「2」となった。そして平昌五輪シーズン、樋口は有力候補となりながらも、もう一歩のところで五輪代表から漏れている。

 ショート後、樋口は「(五輪出場)枠のことも頭には入れつつ滑っていたんですけど」と言い、言葉を継いだ。

「それを考えて、プレッシャーに感じて体が動かなくなるのも本末転倒だったので。まずは、しっかり自分の演技ができるように心がけながら滑りました」

「緊張は6分間(練習に)入った時もすごく感じていたんですけど、でも今までよりも緊張を受け入れて滑れている感じがしたので。そこは、今までの経験が役に立ったかなと思います」

 神秘的な『Nature Boy / Running Up That Hill』に乗って滑るフリーでも、樋口は落ち着いていた。後半に3回転ループ―2回転トウループを予定していたが、ループの着氷が乱れてセカンドジャンプをつけられなくなるミスが出る。しかし、直後の3回転フリップに2回転トウループをつけてリカバリー。ベテランらしい冷静さで、ダメージを最小限にとどめた。

 フリー後のキスアンドクライで、樋口は涙をみせている。

「本当に、やり切った気持ちが大きくて。点数よりも、本当に良かったなと思う部分がありました」

 フリー6位、総合でも6位と結果を残した樋口は、バーチャルミックスゾーンでも充実感を漂わせていた。

「ショートもフリーも、とりあえず目標を達成できた試合になったので。国際大会ではすごく久しぶりに、両方自分の納得いく演技ができたなと思います」

 五輪出場枠がかかる世界選手権で過去に経験した悔しさが生きたのかと聞くと、「今シーズンは(北京五輪後に休養して)復帰してから2シーズン目で、すごくメンタル面で大きく成長した部分があって、その経験が生きた」と答え、少し考えてから吐露した。

「やっぱりちょっとどうしても、その枠取りの部分を引きずってしまうところがあったので。『もう二度とそういう思いをしたくないな』と思いながら、滑りました」

 フリーを滑り終え、リーダーズチェアで見守っていた坂本にハグされたという樋口は、「お互いに、すごく緊張した中での試合だったので」と振り返った。

「多分、(日本代表の)3人ともいい演技だったと思うんですけど…嬉しいなと思います」

 日本女子3名が今大会で獲得したのは、ミラノ五輪出場枠「3」だけではない。坂本は挑める立場、千葉は声援を味方にする術、樋口は緊張を受け入れる力を、それぞれ手に入れたのだ。

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著者プロフィール

1972年埼玉県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、出版社に勤めながら、97年にライターとして活動を始める。2004年からフリー。主に採点競技(アーティスティックスイミング等)やアイスホッケーを取材して雑誌やウェブに寄稿、現在に至る。

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