元祖カー娘。「あゆみえ」が韓国で11年ぶり共闘 戦い終え次世代育成と五輪争い、それぞれの道へ
現役続行とセカンドキャリアの狭間で揺れたふたりの決断
望んだ結果には届かず、ミラノコルティナ五輪出場枠獲得もできなかった。それでも吉村紗也香は「オリンピックへの道はまだまだ続いている。そのスタートラインという気持ちで良いスタートダッシュができればと思いながら、今日(予選最終日)の2試合を戦った」と前を向いた。
そんな中、氷上外でも今大会は注目を集めた、特にオールドファンに刺さる光景があった。コーチボックスだ。
チームコーチである船山弓枝コーチと、JCA(日本カーリング協会)強化委員の小笠原歩コーチが日本代表のユニフォームで並んでいた。
小野寺&林と呼んだほうが記憶が蘇りやすいかもしれないが、2002年ソルトレイク、2006年トリノの両五輪に出場した「元祖カーリング娘。」であり、結婚と出産を経てアイスに戻り2014年ソチ五輪でカムバックも果たした“カーママ”のパイオニアコンビでもある。現在のフォルティウスの礎を作ったふたりでもあり、中学時代のチーム「シムソンズ」は映画化もされた。その実績や話題は枚挙に遑がない、カーリング界全体に愛され、尊敬されている「歩ちゃん」と「弓枝ちゃん」だ。
「感慨深いものはある」と船山。同じユニホームを着るのは小笠原が競技生活から一線を引いた2018年の日本選手権以来7年ぶり。日本代表に限っていえばソチ五輪以来、11年ぶりの共闘となる。
全体統括は船山コーチが担い、小笠原コーチは「元(フォルティウスの)チームメンバーなのでプレッシャーがかからないように」と冗談めかして笑いながら「自分たちでやることは分かっているチーム。求められた時に(アドバイスをする)」と一歩引いたナショナルコーチの立場で日本代表を見守った。
そもそも2018年、小笠原はなぜ身を引く決断をしたのか。その思いの裏にはその年に開催された平昌五輪があった。
ロコ・ソラーレが日本カーリング史上初の五輪でのメダルを獲得した。小笠原は競技者として悔しい気持ちもあったが、同時に嬉しさも抱いた。それでも「ロコのメダル獲得は悔しさより嬉しさが上回っていた。それに気づいた時、一緒に五輪を目指していた仲間に失礼だと思ってキッパリ一線から身を引くことを決めました」、そう振り返る。
そして小笠原が競技から離れる際、多くのファンや関係者には「弓枝ちゃんもアイスを離れるのか」という予断が生まれていた。
しかし、船山はアイスに残った。当然、船山も共に研鑽してきた仲間の活躍を喜び、銅メダル獲得を祝福した。しかしそれ以上に競技者として「正直に言うと『悔しいな』とも思いました」と述懐している。フォルティウスの主戦として4度目の五輪へ。選手としては昨季限りで区切りを設けたが、そのままコーチとしてチームを支え、またその決断が今もフォルティウスの原動力のひとつになっている。
「私の五輪のメダルは教え子に託します」
一方、小笠原は指導者としての活動を開始した。JCAも五輪で旗手という大役を果たしたオリンピアンを遊ばせておくわけがない。「でも最初はお手伝いする、くらいのスタンスでした」と小笠原。コーチとして最初に担当したのは2020年のローザンヌユース冬季を目指す10代の選手たちだった。そのポテンシャルの高さに驚き、自身がアルバイトをしながら競技を継続していた20代の頃と近年の環境を比較して「通年のリンクもあって、予算もついて、私たちのときとは時代が違う。オリンピックでメダル取る時代が来ている」と感じた。そして「それをいかに継続するかが大切になってくる」とも。
そのためには育成、特に次世代の強化が重要だった。積極的にトップ選手の強化合宿を企画し、選手に近い目線で求められればアドバイスしながら、育成機会を増やし、大会にも帯同した。
前述の2020年ローザンヌユース冬季五輪で銀メダルを獲得すると、2022年の世界ジュニア選手権女子では金メダルに輝く。さらに2023年と2024年も同大会で銀メダル。2023年には松村千秋と谷田康真のミックスダブルス(以下MD)世界選手権のコーチボックスに座りそこでもMD史上最高位の銀メダルを獲得。今年もイタリア・トリノでの冬季ワールドユニバーシティーゲームズ2025の女子の部で優勝した。
「もちろん、その瞬間はどれも嬉しいけれど、それは一瞬だけ。大事なのは次世代の才能ある選手がそのままカーリングを続けてくれて、上のカテゴリーで活躍したり結果が出たりすること。嬉しいという意味ではその時のほうが喜びは大きいです」(小笠原)
また、世界選手権中、小笠原と船山、そしてフィフスの小林未奈が並んで座る光景を見て、ある関係者がつぶやいた。
「レジェンドふたりに未来が加わっているのがとてもいいですね」
未来、とはフィフスの小林のことだろう。まだ22歳。小笠原とは前述のローザンヌユース五輪を共に戦っている。
そこから5年が経った、今年2月の日本選手権ではそのローザンヌの銀メダリスト、前田拓海、中原亜星(共にロコ・ドラーゴ)、小林未奈(フォルティウス)、田畑百葉(北海道銀行)が全員、横浜でのファイナルに進んだ。
小林らだけではない。世界選手権のラウンドロビン終盤にはSC軽井沢クラブの上野美優、上野結生、金井亜翠香が日本から応援、観戦に駆けつけていたが、彼女らもジュニア時代から小笠原の指導を受けた門下生だ。
「私が今、ここにいられるのも歩ちゃんと一緒にローザンヌに行けたから」と小林。世界の舞台で戦えて結果が出たことが、多くの選手の今を支えているのだろう。
「ローザンヌの選手をはじめ、彼ら若い才能に出会えたから私は今もコーチをやっています。選手としては五輪のメダルは取れなかったけれど、いつか教え子たちと五輪の表彰台に一緒に立ちたいですね。私の五輪のメダルは教え子たちに託します。そのためにはトライ&エラーをしまくりながら学び続け、コーチとして成長して教え子に恥じることない存在でいたい」
支えられているのは、あるいはコーチのほうかもしれない。