難関の中量級の頂を見据え、信じる道を行く渡来美響 李健太との注目の無敗対決で答えを示せるか

船橋真二郎

世界をアピールするために圧勝を誓う

日本スーパーライト級王者の李健太(左)と渡来。2人の顔合わせは国内中量級屈指のカードになる(2025年1月18日) 【写真:船橋真二郎】

 関根戦から1カ月後、渡来は通算3度目となるラスベガス合宿に飛んだ。試合の映像を見たハウス・トレーナーからは「1(ラウンド)の時点で勝負は見えてるんだから、2で倒せただろ」と注文をつけられたという。

「僕も1でほぼ勝負あった、と思ったんですよ。でも、プロは何があるか分からない。いかにリスクを冒さないで着実に詰められるかが大事で。焦らず4で仕留められたのはよかったですけど、その間隔をどんどん短くしていかないといけないですね」

 目指すのは「まだ意識しないとできないところを無意識に、オートマチックにできるように」という境地。「すぐにラスベガスに行って、よかった」と渡来は言う。

「日本にいたら、素晴らしかった、一方的で文句のつけようがなかったとか、みんなが褒めてくれるので。より高いところを一緒に見て、文句をつけてくれる人がいることが僕にはすごく重要で。それこそが求めるところなので」

 李は長身180センチのサウスポーの正統派で(渡来は172センチ)、関根とはまったくタイプが異なる。習得してきたプレッシャーのかけ方をどう当てはめるのか。また違う課題を与えられたことになるが。

「アメリカに行くようになって感じるのは、世界一になるには全部できないといけないということなんです。引いても、中間(距離)でも圧倒するし、前に出ても圧倒できるように。どの距離、どんな展開になっても圧倒できるボクシングをつくりあげるために、僕はすべてのパラメーター(能力値)を上げる作業をしているので」

 その言葉通り、3週間のラスベガス合宿では左構え、右構えにこだわらず、さまざまなタイプのスパーリングパートナーと手合わせしてきた。

 一方で、渡来が評価を上げ、この試合の注目度が高まったことを誰よりも喜び、歓迎しているのは李だろう。

 前回の初防衛戦。数字の上では圧倒的な大差で判定勝ちしたものの、力の差があると目されていた挑戦者に対し、突き抜けきれない展開に終始してしまった。試合直後から強い危機感をにじませ、チャンピオン・カーニバルに向けて、「命がけでトレーニングします。人生かかってるんで」と決意を示していた。

 ここで最強挑戦者を叩き、実力を証明することですべてを取り返せる。いい緊張感と高い集中力を持って、王者は臨んでくるはずだ。

 渡来にしても望むところだろう。これが4戦続けての無敗対決。「無敗を攻略して、初黒星をつけることに意味があるし、面白味がある」とモチベーションは高い。「世界への通過点」と位置づけた日本タイトルマッチで「アピールするためにも圧倒しないといけない」と自らに課す。

「人生には大切なことがたくさんある」という師の教え

ラスベガスの師、ドン・ハウス・トレーナーにプレゼントされた⻘いパンチンググローブでサンドバッグ打ちを⾏う 【写真:船橋真二郎】

 ラスベガスで学んできた独自の練習法、集中力を研ぎすますインターバルなしの15分シャドーに続き、同じくノンストップでサンドバッグを叩く。普段は試合時の8オンスよりも重い12オンスのグローブで負荷をかけるが、時折、一般的なパンチンググローブよりひときわ薄く、見慣れない青いグローブを使う。ハウス・トレーナーからプレゼントされた。

 一昔前はよく見たパンチンググローブだが、最近では拳の保護が優先され、ほとんど目にしなくなった。このグローブは特にインパクトの衝撃が直に拳に伝わり、腕の⾻に響くというのが渡来の実感だ。ハウスが指導したこともある元WBC世界ヘビー級王者のデオンテイ・ワイルダー(米)、また元4団体統⼀世界ライト級王者のデビン・ヘイニー(⽶)も使っているという。

 的を拳で正確に捉える感覚を養い、腕の強さを芯から鍛えるため、と渡来は解釈しているが、拳や腕への負担が大きく、使用頻度は抑えて取り入れている。ハウスに「大切に使うよ」と伝えると「いや、ボロボロになるまで使え。またプレゼントしてやる」と返された。2人の関係性を象徴するものだ。

 そんなハウスによく諭された。「ボクシングに集中するのは大切だけど、それだけではいけない。人生には大切なことがたくさんある。視野を広く持たないといけない」と。

 アメリカでスパーリングをし、強い選手に共通して感じたのが「余裕」だった。高いボクシングスキルを身に着けてもリングで発揮できるかは、人としての力が問われると再確認した。

 ラスベガスでは、現地で初めて知り合い、親交を深めたハワイ出身の元総合格闘家と日本人女性の夫婦の家に寝泊まりさせてもらう。ハロウィンの列に加わり、子どもたちと一緒に「Trick or Treat!」とやって、お菓子を調達したり、サンクスギビングデイのパーティに参加したり、さまざまな人や文化と触れ合い、世界を広げてきた。

 以前は練習の行き帰りの移動時間もさまざまなボクサーの映像を見て、研究してきたが、関根戦の前から減ってきた。距離を置くことで違う視点で物事を見ることができるようになり、新たな発見があるという。

 担当の三迫ジム・丸山有二トレーナーは渡来が今、何を求め、何に取り組んでいるかを理解した上で、一歩引いたところから見守る。よき伴走者の外からの視点も気づきになる。複眼的に自分を見つめ、成長を加速させてきた。

 ロングレンジが主戦場の李だが、インファイトにも自信を持つ。柔軟に戦うと渡来。両者ともにカウンターの鋭さがあり、渡来にはパンチングパワーもある。どちらが何を選択するかで展開が変わる。

 渡来が参考にしている試合があるとヒントをくれた。2023年4月、シャクール対吉野の2週間後に行われたジャーボンテイ・デービス(米)対ライアン・ガルシア(米)の注目の中量級全勝対決。小柄なサウスポーで身長166センチの怪腕・デービスが8センチ上回るガルシアを7回KOで鮮烈に下した。

 イメージするのはデービスのラウンドのつくり方。ヒントといっても、凡人には何を見ているのかは分からない。以前、渡来はボクシングの理解が深まるごとに同じ試合を見ても気づくことが変わると言っていた。

 今の渡来には何が見えているのか。3月1日、ひとつの答えが示されることになる。

※前売りチケットは完売。試合の模様は「U-NEXT」でライブ配信される。

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著者プロフィール

1973年生まれ。東京都出身。『ボクシング・ビート』(フィットネススポーツ)、『ボクシング・マガジン』(ベースボールマガジン社=2022年7月休刊)など、ボクシングを取材し、執筆。文藝春秋Number第13回スポーツノンフィクション新人賞最終候補(2005年)。東日本ボクシング協会が選出する月間賞の選考委員も務める。

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