“世界のスーパースター”クレクがWD名古屋を退団 誰からも愛された男と日本バレーの幸せな関係

田中夕子

チームメイトが得た学び

クレク(右から3人目)は2018年の世界選手権でポーランドを金メダルに導いた 【Photo by Matteo Ciambelli/NurPhoto via Getty Images】

 小川や近の証言は決して大げさでも特別でもない。試合中に誰より点を獲る。そのために誰よりも準備をする。身体も、心もベストで臨むべく日々の練習からすべて全力で臨む。身体づくりのベースとなる食事の徹底や、ウエイトトレーニングはもちろん、6対6でのゲーム形式の練習時も「練習だから」の妥協は一切ない。自身のプレーに矢印を向けるだけでなく、1本目のレシーブや、2本目のトスの質、なぜその攻撃をセレクトするのか、というタイミングーー。違う、と思えば厳しく叱責した。

 試合に出ているから、出ていないから、ということにかわりなくその矛先は全員へ向く。特に多くコミュニケーションを取り、「怒られることも多かった」のがセッターの永露元稀だ。チームのために、勝利のためにと、クレクから時に感情露わに伝えられる1つ1つが、すべて学びになったと振り返る。

「自分がセッターとして経験が浅い分、自分(クレク)の経験から得たことを僕に与えてくれたり、言われることが全部プラスでした。決まらないとチームの雰囲気が悪くなるから、1人の選手、オポジットとしてどういう場面で(トスが)ほしいか、こういう時は俺に持って来い、とか。いろんなことを言われる中で僕も『自分はこうしたいからこうやった』と言えるようになったり、それまで気づかなかった攻撃がある、と気づかせてもらえるきっかけももらった。チームとしても、自分自身も助けられました」

 永露だけでなく、内定選手としてファイナルラウンド、最終戦となった5位決定戦にも出場した水町泰杜も同様だ。高校、大学時代に自身も主将を務めた経験から「チームをまとめる力、たとえミスをした選手がいたとしても輪の中に入れて、同じ方向を向かせるのがすごくうまい。やっぱりすごい選手だな、と思った」と言うだけでなく、1人の選手として、これからにつながるアドバイスも受けたと明かす。

「『僕(クレク)は大きいけど、君(水町)は小さい。だから僕のように高い選手とマッチアップをする時は、もっとためてからストレートを打ったり、工夫するようになればアウトサイドとしての技術も上がっていくよ』と。短い時間でしたけど、本当のトップレベルの選手と一緒にできてよかったです」

愛される理由は“人間性”

内定選手の水町泰杜も、短期間でクレクの影響を受けた 【(C)JVL】

 誰からも愛された。その対象はチームメイトだけに限らない。

 退団発表が出た後、ファイナル6で対戦した選手たちもクレクが今季限りで日本を去ることに対して、素直に「寂しい」と述べる選手は多くいた。パナソニックでも主将を務める日本代表の山内晶大は「彼(クレク)のリーダーシップやパッションがウルフドッグスを強くしていた」と称賛。東レのベテラン米山裕太も、同じくクレクのキャプテンシーや人間性を絶賛する1人だ。

「彼の持つ雰囲気、チームに与える影響力やエネルギー。大好きですね。ナショナルチームでもキャプテンをやって世界一になる、しかも異国の地でキャプテンをして、チームを鼓舞するだけでなく自分もしっかりプレーをする。そんな選手、なかなかいないじゃないですか。見習うことしかない。かなうならば、一緒のチームでやりたいな、と思うぐらいに本当にすごい、尊敬するぐらい素晴らしい選手です」

 敵も味方も皆が称える“人間性”。まさに、取材という立場で接するだけでも、その素晴らしさに触れる機会が幾度もあった。世界で何度もタイトルを獲った紛れもないスーパースターでありながら、日本で取材に応じる際も、嫌な顔をするところを見たことがない。

 試合時の取材だけでなく、日本の育成年代やVリーグの在り方について尋ねた取材の際も気さくで、「自分にできること、自分の経験が伝えられるなら」といつも真剣に論じてくれた。そして最後は必ず笑顔で「ありがとう」と日本語で、手を振りながら去って行った。

ファン、チームメイトの「愛」を力にして

WD名古屋は5位でプレーオフを終え、クレクも笑顔で日本でのキャリアを締めくくった 【(C)JVL】

 5位決定戦を終えた後の記者会見もまさにそうだ。最後に皆さんにお礼を言いたい、と自ら切り出し、こう言った。

「皆さんが来て、仕事をしてくれることで、ファンの皆さんに届き、それを見たり読んだりして、コメントをいただく。それが力になってきました。皆さんの仕事に心からお礼を言います」

 最後の最後、プレスルームを去るクレクに向け、自然と拍手が起こった。かき消すように、いやいや自分のほうが、とばかりに集まった記者へ向けて拍手を送り、「Thank you Guys!」と笑顔で会見場を後にする姿も、これまで見て来た、まさにプロフェッショナルな振る舞いそのものだった。

 日本での4シーズン。来る前と来てから、どんな意外なことがあったか?と問われると、1時間ぐらい議論しないといけない、と笑いながらもこう言った。

「日本人はもっと(人と)距離をとりたがる冷たい感じなのかと思っていたけれど、それは世界に伝わる(日本人の)イメージとして、最も大きな嘘だと訂正したい。この4年間、私はチームメイト、多くの人たちからたくさんの愛をもらいました」

 いつも全力で戦う、愛すべき“情熱”の人がいた4シーズン。伝えられた1つ1つが、さまざまな形でこれからにつながっていくはずだ。

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著者プロフィール

神奈川県生まれ。神奈川新聞運動部でのアルバイトを経て、『月刊トレーニングジャーナル』編集部勤務。2004年にフリーとなり、バレーボール、水泳、フェンシング、レスリングなど五輪競技を取材。著書に『高校バレーは頭脳が9割』(日本文化出版)。共著に『海と、がれきと、ボールと、絆』(講談社)、『青春サプリ』(ポプラ社)。『SAORI』(日本文化出版)、『夢を泳ぐ』(徳間書店)、『絆があれば何度でもやり直せる』(カンゼン)など女子アスリートの著書や、前橋育英高校硬式野球部の荒井直樹監督が記した『当たり前の積み重ねが本物になる』『凡事徹底 前橋育英高校野球部で教え続けていること』(カンゼン)などで構成を担当

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