能登半島地震の被害を受けた選手たちはVリーグの「北陸ダービー」をどう戦ったのか?
PFUの選手たちが「特別な思い」をもって迎えた北陸ダービーだった 【(C)PFU Life Agency LIMITED 2024】
2月4日、富山・黒部。
富山を本拠地とするKUROBEアクアフェアリーズと、石川を本拠地とするPFUブルーキャッツの“北陸ダービー”が開催された。
隣県同士の両チームとの対戦には、いつも多くのメディアや観客が集まる。互いに「負けられない相手」であることに代わりはないが、今季二度目の対戦は、これまでとは違う意味合いも含まれる。
PFUの高相みな実主将の言葉が、多くの選手、スタッフの思いを代弁していた。
「やるべきことをして試合に臨む。それはどんな時でも変わりません。でも今、ここで北陸のチーム同士が、北陸で試合をする。今日のKUROBEさんと試合には、特別な思いがありました」
オフ明けの選手たちを襲った能登半島地震
だが、1月17日に氷見から黒部への会場変更が発表された。1月1日の能登半島地震での甚大な被害を受けた影響によるものだ。
新たな年が明けたばかりのその日、両チームの選手たちもそれまでの年と変わらず、来たる1月5日の2024年最初の試合に向けて始動した。だが、16時10分を過ぎた頃、“いつも通り”は一変した。
前日の大晦日は練習が休み。PFUの選手たちは元旦の午後練習に向け、それぞれが体育館を目指していた。そして、最大震度7の地震に見舞われた。
直後に新幹線や電車が止まる。たどり着けるのか、という不安以上に、これほどの大きな地震でどれほどの被害が出ているのか。恐怖しかなかった、と主将の高相は振り返る。
「大きく揺れて、とにかく怖かった。まずチームメイトは無事か、体育館は大丈夫なのか、と頭に浮かぶけれど、手が震えてしまって、スマホも打てなくて。とにかくみんな、お願いだから生きていて、って。考えたのはそれだけでした」
数時間して、選手やスタッフ、家族も含め全員の無事が確認されたが、合宿を行い、今季の開幕戦、ホームゲームの会場にもなった一本松総合運動公園体育館もある輪島市が、ブルーキャッツのホームであるかほく市以上に甚大な被害が生じていることを知った。さまざまな顔が浮かぶ中、これからどうなるのか。考えれば考えるほど、不安と恐怖しかない。
「このままバレーボールをしていていいのかな、という思いは、どうやっても浮かんできました」
「どんな時でも全力で、諦めずにボールを追う」
それでも試合はやってくる。地震から4日後にはVリーグが再開する。断水や停電、余震も続き、被害の大きさが浮き彫りになる中、バレーボール選手としてやらなければならないことがある。練習も十分にできていないだけでなく、「こんな状況でバレーボールをしていいのか」という思いは消えない。だが、だからこそ前を向くしかなかった、と高相は言う。
「精神的な苦しさを抱えている選手はたくさんいたし、前向きにやろう、と言っても難しかったのも事実です。でも、キャプテンとしてせめて自分だけは前を向いて、みんなの士気を高められる存在でなければいけない。みんなが歩く道をつくらなければいけない、と思ったし、バレーボールを通して私たちに今、何ができるか。正直に言えば、想像もできないような大きな被害を受けた人たちがいる中で『私たちの姿で勇気を与えたい』なんて、一方的に思いを届けることなんてできないです。それぐらい、本当に苦しくて、大変な人たちがいる。だけど私たちが今できることは、バレーボールをすること、諦めず、進んで行くことしかないから、どんな時でも全力で、諦めずにボールを追う。それだけは、とにかく貫いて戦おう、と決めたんです」