【月1連載】久保建英とラ・レアルの冒険(毎月第1木曜日更新)

2023年はキャリア史上最高の1年に──久保建英が不遇のビジャレアル時代から学んだこと

高橋智行

「タケはピッチ外のスター」と皮肉も

経験豊富なタレントが揃うビジャレアルでは、ベンチが定位置に。指揮官エメリ(左)からは「3つのポジションへの対応」を求められたが…… 【Photo by Diego Souto/Quality Sport Images/Getty Images】

 ビジャレアルに在籍した半年間で、久保は公式戦通算19試合に出場したが、先発はわずか7試合。チーム内における序列の低さは明らかだった。

 戦力を落として臨んだELのグループステージでは、出場全5試合でスタメンを飾り、格下相手に1得点・3アシストを記録したものの、ラ・リーガでは得点、アシストともに1つもなかった。

 では、鳴り物入りで加入したにもかかわらず、ビジャレアルでの久保はなぜ十分な出場機会を得られなかったのか。その理由はいくつか考えられるが、最も大きなそれは、当時のビジャレアルが「経験豊富な選手が多く揃うチーム」だったから、だろう。

 スペインでのプロ1年目、マジョルカに入団した当初も、指揮官(ビセンテ・モレーノ)と2部時代から苦楽を共にしてきた古参の選手たちからポジションを奪うのに苦労した久保だが、ビジャレアルはその比ではなかった。

 当時のビジャレアルはベテラン揃いで、全選手のラ・リーガ1部通算出場数の合計は3000を超えていた。これは20チーム中、マドリー、アスレティックに次いで3番目に多い数字である。

 ジェラール・モレノ、モイ・ゴメス(現オサスナ)、パコ・アルカセル(現エミレーツ・クラブ=UAE)、カルロス・バッカ(現アトレティコ・ジュニオール=コロンビア)、サムエル・チュクウェゼ(現ミラン)……。前線に久保よりもキャリアの浅い選手は1人もいなかった。各国の代表経験者は、全体の約3分の2にあたる15人。この数字もまた、チームの競争力の高さを物語っていただろう。

 加えて、3節のバルセロナ戦で1−4の惨敗を喫したのを機に、エメリがシステムを4−4−2から4−3−3に変更したことも、久保にとってマイナスに働いた。

 当初、久保が主戦場とする右サイドのライバルは、チュクウェゼだけと見られていた。しかし、このシステム変更によって、チームのNo1プレーヤーであるジェラールが最前線から右サイドへ配置転換となり、ポジション争いに加わることになったのだ。前シーズンに公式戦20ゴールを挙げたエースを相手に、当時の久保が競争に勝てる可能性は皆無に等しかった。

 そのポテンシャルを高く評価していたエメリは、開幕当初から「3つのポジションでプレーできるようになること」を久保に求めていた。そして、ラストパスの精度やボールポゼッションの質を高めること、守備面の弱さを改善することが、コンスタントに試合に出るためには必要だとも伝えていた。

 しかし、開幕から2カ月が経過した頃、指揮官はそれが順調に進んでいないことを認める。

「タケはチームにもっと上手く適応しなければいけないし、様々なポジションでプレーできるように成長する必要がある。彼のベストポジションは右ウイングだが、そこには熾烈な競争が存在する。そのため中央(トップ下)に対応しようと試みているが、さらに左サイドでもプレーできるようにならなければならない」

 保有元がマドリーであることから、常にメディアの注目を集める久保に対して、エメリがこんな皮肉とも取れる辛辣なコメントをしたこともあった。

「彼はピッチ外のスターだが、ピッチ内でもスターにならなければならない」

 結局のところ、久保はエメリの戦術に合わなかったと言わざるを得ない。しかし、エメリも監督就任1年目。久保に期待を寄せていたのは事実だろうが、大型補強を受けてすぐに結果が求められる立場上、より経験値が高く、計算できる選手を重用するのは当然の選択だった。事実、エメリはそのやり方で、このシーズンにクラブ史上初のEL制覇をもたらし、さらに翌21-22シーズンにはCLでベスト4入りも実現しているのだ。

2023年はキャリア史上最高の1年に

ソシエダでの1年目の後半戦と、2年目の今季の前半戦。充実一途の2023年を過ごしたが、厳しいマークに遭いながら大きな怪我がなかった点も評価に値する 【Photo by Juan Manuel Serrano Arce/Getty Images】

 もう1つ、久保がビジャレアルで輝けなかった要因を挙げるなら、それは「コロナ禍」だろう。外出や知人との交流が大幅に制限され、気分転換もままならない。そうした状況下で、当時19歳の外国人選手が、まだチーム内での立場が確立されていない新天地に身を置き、心身両面のコンディションを保つのは容易ではなかったはずだ。

 こうして様々な要因が重なり、ビジャレアルでの半年間は、理想と現実の狭間でもがき苦しむ時期となった。それでも退団からしばらく経って、久保はその経験が決して無駄ではなかったと、冷静に振り返っている。

「ビジャレアルでは特に中盤から前線にかけてトップレベルの選手が多くいて、彼らと一緒に日々練習ができたけれど、19歳でのレンタル移籍となると、少し難しいものがあった。なぜなら自分にも監督にもそれぞれの考えがあり、最終的に衝突することもあるからだ。それでもヨーロッパリーグを戦うことができたし、そこからポジティブなものを得られたと思う」

 あれから3年──。ビジャレアル時代にエメリに求められていたこと(複数ポジションへの対応や守備面の向上など)を、その後ヘタフェ、マジョルカと渡り歩く間に身に付け、ソシエダのイマノル・アルグアシル監督の下で才能を全面開花させた久保。誰の目から見ても、2023年はキャリア史上最高の1年だったのではないだろうか。

 数字もそれを証明している。昨年1年間で公式戦50試合(先発40試合)に出場し、13得点・5アシストを記録。マッチMVPには計16回(ラ・リーガで15回、CLで1回)選出され、昨年9月にはラ・リーガの月間MVPにも輝いている。そして何よりも、過密日程の中で大きな怪我もなく無事に1年を終えられたのは素晴らしいことだ。

 そんな久保にとって、2024年はどんな年になるのだろう。日本代表としては年初のアジアカップ制覇が当面の目標となるが、あるいはパリ五輪に出場して、メダルに手が届かなかった東京五輪のリベンジも視野に入れているかもしれない。

 クラブレベルでは、チャンピオンズリーグのラウンド16でパリ・サンジェルマンとの対戦が待っている。アジアカップとの兼ね合いで第1レグ(現地時間2月14日)に出場できるかは微妙なところだが、キリアン・エムバペを擁する強豪を相手にどんなプレーを見せてくれるのか、楽しみでならない。

 そして、ソシエダ加入時に掲げた「ゴール+アシストで計20得点に絡む」という目標を達成すれば──。来季の去就に関する報道はさらに過熱するだろう。

 言うまでもなく、もはや久保はピッチ外だけのスターではなくなった。真のスターとなった今の彼を見て、はたしてエメリは何を思うだろうか。

(企画・編集/YOJI-GEN)

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著者プロフィール

茨城県出身。大学卒業後、映像関連の仕事を経て2006年に渡西。サッカー関連の記事執筆や翻訳、スポーツ紙通信員など、ラ・リーガを中心としたメディアの仕事に携わっている。

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