苦悩の先に希望を見出す、羽生結弦の「RE_PRAY」 「考えるきっかけの一つであってほしい」

沢田聡子

「春よ、来い」が象徴する明るい未来

 第2部は、第1部のオープニングと同じ楽曲を使いながらも明るく柔らかい印象を与える『いつか終わる夢 Re;』で始まる。自分という存在について問いかける羽生のナレーションに続くのは、東日本大震災への羽生の思いが託された『天と地のレクイエム』だ。被災者となり、人生について根本から問い直したであろう羽生の葛藤が再現される。

 そして、羽生は静かな癒しのプログラム『あの夏へ』を滑り始めた。滑らかなスケーティングで、苦しんだ末につかんだ安らぎを表現しているようだ。映像で、暗闇にいる羽生が自身を暗示するような白い羽を投げ上げると、眩い光が降り注ぐ。

 本編の最後を飾る『春よ、来い』は、羽生が最後の試合となった2022年北京五輪のエキシビションで滑ったプログラムだ。競技での苦闘を経た羽生が、新たな段階へと進んだことを象徴する『春よ、来い』は、この公演でも未来へつながる明るい道を感じさせた。

 祈る羽生を乗せたステージがせり上がっていき、声が流れる。

「祈り続ける いつか終わるとしても 夢の続きを」

 スクリーンでは、「RE_PLAY」と表示された文字の「L」が「R」に入れ替わる。「プレーする」から「祈る」への変換を示して、このショーの本編は幕を閉じる。

 アンコールに応えて登場し、『Let me entertain you』『SEIMEI』『Introduction and Rondo Capriccioso』を滑る羽生に、客席から絶え間なく歓声が降り注いだ。一人で滑り切ったショーを締め括ろうとしている羽生のスケーティングが、声援を受けて加速する。競うために磨いてきたスケートを、観る者と思いを交わすためのスケートへと昇華した羽生結弦の姿が、そこにはあった。

「これまでやってきたアイスショーというものとは、全然違って」と羽生は語る。

「これは一つのプログラムだけじゃなくて、一つの作品の中にいろいろなプログラムがあって。もちろん今までやってきたプログラム達もあるのですが、それが物語の中に入った時に、まったく違う見え方があるよね、こんな見え方もあったんだなと。そういったことを一つの流れで見せるということが趣旨なので、自分としては全然違った心意気で、このアイスストーリーというものに挑んでいます」

「何より自分が綴って、自分が表現したいことを、本当に多くの方々を巻き込んで創り上げていくことにたまに怖くもなるのですが…でもこうやって皆さんが創り上げて下さったものを、ある意味プレッシャーを感じながら、責任を感じながら、滑らせていただく機会があって。大変だなとは思うのですが、でもアスリートとして限界に挑みながらいい演技ができるように『また頑張りたいな』という気持ちに改めてなりました」

 苦悩の先に見えた光に向かって進む羽生の「RE_PRAY」は、埼玉から佐賀、横浜と続くツアーの中でさらに進化していく。

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著者プロフィール

1972年埼玉県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、出版社に勤めながら、97年にライターとして活動を始める。2004年からフリー。主に採点競技(アーティスティックスイミング等)やアイスホッケーを取材して雑誌やウェブに寄稿、現在に至る。

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