怪我から復帰した鍵山優真の新たな強さ 目指すのは「振り付けであるかのように」ジャンプを跳ぶプログラム

沢田聡子

「ジャンプ以外で成長を感じられた」納得のフリー

今季からカロリーナ・コストナーコーチがチームに加わった 【写真は共同】

 翌日のフリー、ショート首位の鍵山は、ショートに続きフリーも最終滑走となった。ショートでの反省を生かして4回転サルコウをきれいに決め、幸先の良いスタートを切る。続く4回転トウループからの3連続ジャンプ、またトリプルアクセル―ダブルアクセルのシークエンスも成功させて勢いに乗った。

 ジャンプをすべて降りた鍵山は、正和コーチが自らの腿を叩きながら見守る前で、ステップシークエンスに入っていく。静かに始まり少しずつ盛り上がっていく曲調を、リンクをいっぱいに使うスケーティングと美しい所作で表現しながら滑り切った『Rain,In Your Black Eyes』は圧巻だった。

 鍵山のフリーを振り付けたローリー・ニコル氏は、2022年北京五輪のペアで金メダルを獲得したスイ・ウェンジン/ハン・ツォン(中国)にも、同じ『Rain,In Your Black Eyes』を使ったフリーを提供している。2019年世界選手権(さいたまスーパーアリーナ)で優勝したスイ/ハンが演じた『Rain,In Your Black Eyes』は、最高の技術が詰まったすべての要素が流れるようにつながっていく“神演技”だった。この曲でフリーを作った背景には、鍵山なら男子シングルで新たな名演技をみせてくれるだろうという、ニコル氏の期待があるように思える。

 昨季から継続するフリーで鍵山が目指すのは、要素も溶け込んで一つの作品となるようなプログラムだ。

「このフリーは、ずっと流れるような振り付けで途切れることがないプログラムになっているので、そこをしっかりと意識しました。ジャンプも振り付けであるかのように、ジャンプはジャンプ・スピンはスピンということではなくて、本当にプログラムの一部としてできるように、今回はそこも細かく意識してやりました」

 今季から、ソチ五輪女子シングル銅メダリストのカロリーナ・コストナー氏(イタリア)がコーチとして鍵山のチームに加わっている。現役時代のコストナーコーチはニコル氏の美学を氷上で体現し、さまざまな名プログラムを演じてきた。2026年ミラノ・コルティナダンペッツォ五輪の金メダルを目指す鍵山にとり、ニコル氏の教えを氷上で伝えてくれるコストナーコーチの存在は大きな支えとなるだろう。

 鍵山はロンバルディア杯の前には早めにイタリア入りし、直接コストナーコーチの指導を受けている。ジャンプやスピンについては父の薫陶を受けて成長してきた鍵山は、コストナーコーチからはスケーティングや表現について学んでいるという。

「自分としてはスケーティングの伸びも課題だったりするので、そういった部分もたくさん教えていただきました」

 20歳にしてベテランのようなスケーティング技術を持つ鍵山だが、理想はさらに高いところにあるようだ。

 怪我のためジャンプを跳べない時期を無駄にせず、スケーティングや表現を磨いてきた地道な努力は、東京選手権でも演技構成点に反映されていた。ショート・フリーとも3項目すべて9点台というスコアは、最高に近い評価だといえる。

 鍵山は、ロンバルディア杯から約20点上積みする284.75という合計点をマークして優勝、全日本選手権への一歩を踏み出した。ジャンプの難度はまだ抑え気味の構成ながらフリーの合計点(194.95)が190点台に乗ったことについて、鍵山自身も「ジャンプ以外で成長を感じられた部分がすごく良かったかな」と手応えを感じていた。

「今回、下の点数(演技構成点)が結構出ていたので、そこは以前よりも成長した部分なのかなと思います」

 自身の今季グランプリシリーズ初戦となるフランス杯を11月に控え、鍵山はさらなるレベルアップを目指す。

「ショートはミスが出てしまったので悔しいという思いがすごくあるのですが、フリーは『やっとこれで次の段階に進めるな』と感じたので。次戦のグランプリシリーズでは構成を変えるかどうか分からないですが、今は4回転フリップを練習している段階なので、どこかで入れることができたらいいなとは思っています」

 取り戻しつつあるジャンプに加え、元より優れたスケーティングに磨きをかけ、プログラムを作品として完成させる表現を目指す。進化し続ける鍵山が、再びその強さを発揮するシーズンが始まった。

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著者プロフィール

1972年埼玉県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、出版社に勤めながら、97年にライターとして活動を始める。2004年からフリー。主に採点競技(アーティスティックスイミング等)やアイスホッケーを取材して雑誌やウェブに寄稿、現在に至る。

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