あらゆる思いを背負って U-20日本女子代表の旅が始まる
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チームとして初の海外遠征は波乱の幕開け
「足もむくみますし、大変でしたね」
いつもは笑顔のはじけるDF長江伊吹(AC長野パルセイロ・レディース)からも、この時ばかりは苦笑いがこぼれた。自身は2018年にFIFA U-17女子ワールドカップでウルグアイへ長距離遠征した経験を持つが、「今回の方がきつかった」と本音は隠れない。膝を交えて話していたDF西野朱音(マイナビ仙台レディース)とDF杉澤海星(大宮アルディージャVENTUS)の表情からも、同じ思いが窺えた。新型コロナウイルスの影響でチームには今回が初の海外遠征という選手もいる。それぞれが感じた苦労は想像に難くない。それでも到着から1日が経過したいま、3人ともすっきりした顔でこともなげに話しているのは、若さの力そのものだろう。
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2020年、突然奪われた世界への切符
「みんながすごくテンション高く、暑さを吹き飛ばすくらいに元気に練習をやってくれて、安心してできるなと。自分は声で引っ張るというより、プレーで引っ張るタイプ。そういう役割でやっていければと思います」
こう語ることができるのも、副キャプテン2人の存在があってのことだろう。なにしろ副キャプテンの2人は、他でもない長江の指名によるものだ。富山県出身の自身と同郷で、幼少期からの仲である西野は「思っていることは言わずともわかってくれる」相棒のような人物。そして1学年下の年代ながら「すごく大人っぽくて年下の感じがしないし、信頼している」という存在の杉澤。西野は長江と杉澤を評して「ふたりとも頭が良くて、自分ひとりだけどこか抜けている」とおどけ、杉澤は「いい意味でふたりとも先輩らしくない、だからこそ言いたいことを言い合える関係」と分析する。三者三様にキャラクターがあり、話を聞くこちらとしてもなるほど、実によくバランスが取れた間柄だ。西野をして長江は「あまり弱音を吐かずに一人でこなしてしまうタイプ」だと言う。「伊吹が溜め込みすぎないように、しっかり話を聞いて一緒にチームを引っ張っていきたい」と、旧知の仲だからこそ深く知る小柄なキャプテンに寄り添っている。
早生まれの20歳で、より「経験がある」と池田太監督から期待を寄せられキャプテンとなった長江だが、その経験には前回大会の予選を戦ったものも含まれよう。2019年10月から11月にかけて開催されたAFC U-19女子選手権タイ2019に、今回のメンバーの中からGK大場朱羽(イーストテネシー州立大)、DF田畑晴菜(セレッソ大阪堺レディース)、FW山本柚月(日テレ・東京ヴェルディベレーザ)らと揃って参加。自身は初戦、U-19ミャンマー女子代表との試合のみの出場となったが、着実に勝ち上がり優勝を果たしたチームの中で、3大会連続となるFIFA U-20女子ワールドカップ出場権獲得の一助となった。しかし、その後新型コロナウイルスの世界的な感染拡大により2020年大会の中止が決定。出場権を獲得しながらも世界との勝負の機会は失われ、当時のチームはそのまま解散した。
「残念だったし、何のためにサッカーをやってきたんだろうと思いました」
やるせなさとともに長江は振り返る。当時所属していたINAC神戸レオネッサではなかなか出場機会を得られず、その中で「自分のモチベーションになっていた」と語る代表チームでの活動。しかしそのチャンスを奪われ、途方に暮れた。「これだけの準備をしてきて、仮にいま自分たちに同じことが起こったらどう思うだろう」と杉澤も当時のチームに思いを重ねる。年代に限りのあるアンダーカテゴリーの大会だからこそ、選手にとって一つの大会が中止になる代償は大きい。ましてや20歳に満たない選手であれば気持ちの整理もそう簡単にはつかないだろう。あらゆる選手のやりきれない思いが宙に浮いたまま、大会は2022年に持ち越された。
しかしだからこそ感じることのできる思いがある。
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それぞれに背負うもの
「本当に色々な人が自分たちに期待をしてくれています。前回の予選を一緒に戦った高橋はな選手(三菱重工浦和レッズレディース)や後藤若葉選手(早稲田大学)は、自分の誕生日や移籍を発表した時にも連絡をくれて、最後には必ず『U-20、頑張ってね』と言ってくれる。監督もトレーニングキャンプで『前回のメンバーの気持ちも背負って戦おう』と話していますし、自分がこの大会を誰のために戦うかと聞かれれば、それは前回のメンバーのためですね」
その思いを紡ぐのは現場を共にした長江だけではない。「前回のメンバーの分まで責任を持って戦わなければと強く思う」、杉澤がそう続けば、西野も「自分たちが本大会に出場できるのはこれまでのU-20のチームが出してきた結果のおかげ。自分たちも結果を出して今後の選手たちにも同じように道を作ってあげたい」と次の世代を思う。現在のチームには2024年大会に出場する資格を持つ選手が約3分の1を占めている。3人は口を揃えて「今のチームは下の年代の子たちが元気過ぎる」と頬が緩ませるが、迎える大会を前に次世代にまで考えが及ぶのは、彼女たちを思っているからに他ならない。かつて先輩が見せたその背中を今度は自分たちが見せようと、あらゆる思いをその背中に背負っている。
旅の始まり
「ワールドカップは憧れというより遠い存在すぎて、観るものだと思っていました。実感が無いのが正直なところだけれど、自分の好きなサッカーでここまで来られて、自分の好きなサッカーで世界と戦えるなんてすごいことだと思います」
そう語る杉澤は出発前、チームメイトでなでしこジャパンの選手でもある乗松瑠華選手、井上綾香選手から「楽しんできて」と送り出されたという。西野が所属するマイナビ仙台レディースには長野風花選手(現・ノースカロライナカレッジ)や高平美憂選手、宮澤ひなた選手など、前回大会の優勝を知るメンバーが所属しており、「連覇のプレッシャーをめちゃくちゃかけられました」と笑う。そして長江は前所属の神戸でDFの手本にした三宅史織選手から言葉を送られた。「今持っているものを全部出してくること。自信を持って、後悔のないように」
西野が「スタッフを含めてこのメンバーで戦う最初で最後の大会」と話すよう、記録としてこのチームに刻まれるのは今大会の結果だけとなる。しかしここにたどり着くまでに関わった人々を思えば、そこには紛れもなく幾多の物語が紡がれている。思いがけぬ始まりとなったコスタリカへの道だが、旅はまだ始まったばかりだ。
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長江伊吹(ながえ いぶき) 2002年3月3日生まれ、AC長野パルセイロ・レディース所属、DF。
高校女子サッカーの名門・藤枝順心高を卒業後、INAC神戸レオネッサに加入。2022-23シーズンからはAC長野で戦う。コスタリカ渡航前にメッセージをもらった三宅史織選手には、海外遠征で必要になる持ち物も相談した。
西野朱音(にしの あかね) 2002年2月4日生まれ、マイナビ仙台レディース所属、DF。
常盤木学園高時代にインターハイ優勝を経験。その後、マイナビベガルタ仙台レディース(現・マイナビ仙台レディース)に加入し、昨季はWEリーグで9試合に出場。インタビュー中、しっかり者の杉澤が質問に先に回答すると「言うことがなくなるから私に先に答えさせて」と後輩に頼む。
杉澤海星(すぎさわ みほし) 2002年8月17日生まれ、大宮アルディージャVENTUS所属、DF。
十文字高を卒業後、大宮Vに加入。WEリーグ初年度はシーズン後半に頭角を現し、最終節まで4試合連続の先発出場を果たした。ワールドカップ中に20歳の誕生日を迎えることから「結果を残して、親に感謝の気持ちを伝えたい」と親孝行な一面を見せた。
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