ゼ・リカルド新監督を招聘した清水エスパルス 創設30周年記念試合を国立で開催する意味
7月2日、国立競技場を舞台にクラブ創設30周年記念試合を開催する清水エスパルス。クラブの新たな歴史を刻むとともに、現在の低迷から脱するきっかけをつかみたい 【Photo by Masashi Hara/Getty Images】
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12年ナビスコカップ決勝以来の国立
アウェイゲームとはいえ、黙ってホームチームの演出にのみ込まれるわけにはいかない。そんな清水サポーターの行動力と団結心に、“オリジナル10”クラブの意地が垣間見える。
こうしてJリーグ元年からしのぎを削ってきたF・マリノスを相手に、清水は7月2日、国立競技場でクラブ創設30周年記念マッチを開催する。国立での主催試合は2006年以来16年ぶり。最後に公式戦を戦ったのは12年のナビスコカップ(現ルヴァンカップ)決勝、鹿島アントラーズ戦だった。
現所属で、清水の選手として国立のピッチに立った者は1人も残っていない。最古参の竹内涼は唯一10年天皇杯決勝の鹿島戦を知るが、自身はメンバー外で、12年はギラヴァンツ北九州へ期限付き移籍中だった。12年に高卒で加入した白崎凌兵は、同年のナビスコカップ決勝でベンチ入りこそ果たしたものの、ピッチを踏むことはなかった。
もはや「国立競技場=日本サッカーの聖地」という印象も薄くなりつつある昨今。竹内は「(旧国立は)野球で言う甲子園みたいなもの。高校時代のスタッフたちは『国立の芝を入れた酒を飲みたい』と言っていたぐらい」と浜松開誠館高時代を懐かしむが、若手選手の多くは育成年代と国立競技場の改修工事期間が被っており、各種大会の決勝の地として「国立を目指して戦う」という経験を、ほとんど持っていないのが現状だ。
過去を追うことは誰も望んでいない
現所属で、清水の選手として国立のピッチに立った者はいない。それでも最古参の竹内涼は「クラブの歴史の重みを感じながらプロ生活を送ってきた」という 【Photo by Masashi Hara/Getty Images】
「僕自身は、クラブの歴史や成り立ち、重みをずっと感じながらプロ生活を送ってきました。エスパルスは小さな子どもからお年寄りまで、静岡・清水の方々だけでなく県外から応援してくれている人もたくさんいるクラブ。いろいろな人の思いがあって築かれてきた歴史なので、より良い状態でこれからの10年、20年、その先へとつないでいきたい。
確かに、今いる選手たちの多くはここ数年の間に外から入ってきましたが、この30周年記念マッチを機にクラブの歴史を知ってくれればいいし、その上でまた新たな歴史を作り上げていくことが必要。これまでクラブに携わってきた方々もきっと、過去を追うことは望んでいないと思います。常に新しく、より良くなっていくクラブの姿というのを期待しているはずですから」
伝統を受け継ぎながら、新たな歴史を作る。アカデミー出身の西澤健太は、その体現者となるべき1人だ。彼の記憶には08年のナビスコカップ決勝、大分トリニータ戦が鮮明に残っている。当時小学生だった西澤は、国立の舞台で戦う清水の姿をテレビの画面越しに見ていた。
「両チームのサポーターがたくさん入っていて、すごく興奮したのを今でも覚えています」
西澤はその翌年からジュニアユースに入り、自身も清水のエンブレムを身につけて戦うようになった。大学進学で一度は清水を離れたものの、その4年間でたくましく成長し、強いクラブ愛を携えて帰還。プロ4年目の今シーズンは副キャプテンを務める。