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【動画】亡きオシムさんも高く評した天才、ピクシーがマルセイユで挙げた全5ゴール

YOJI-GEN
 2022年5月1日、元日本代表監督のイビチャ・オシムさんが亡くなった。享年80歳。「考えながら走る」サッカーで、Jリーグ(03年から06年までジェフユナイテッド市原を指揮)と日本代表(06年7月から脳梗塞に倒れる07年11月まで指揮)に新風を吹き込んでくれた名伯楽の死を、日本中の多くのサッカーファンが悼んでいる。

 そんなオシムさんが、世界的な指導者としての名声を得たのが、ユーゴスラビア代表監督として臨んだ1990年のイタリアW杯だった。6つの共和国からなるモザイク国家をひとつに束ねてベスト8入り。民族や年齢にとらわれないメンバー選考でスペクタクルなチームを作り上げたオシム監督の下で、ドラガン・ストイコビッチ、ロベルト・プロシネツキ、デヤン・サビチェビッチといったタレントがまばゆい輝きを放った。

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 なかでも決勝トーナメント1回戦のスペイン戦で、直接FKを含む芸術的な2ゴールを挙げてヒーローとなったのが、当時25歳の背番号10、ストイコビッチだった。

 レッドスター・ベオグラードで88、89年と2年連続でリーグMVPを受賞し、イタリアW杯開幕の半年前に、フランスの名門マルセイユに引き抜かれたピクシー。南仏の地で過ごした90-91シーズンからの足掛け3年(91-92シーズンはセリエAのエラス・ヴェローナにレンタル移籍)は、膝のケガにチームの八百長事件なども重なり、決して幸せなものではなかったが、それでも随所でその豊かな才能を見せつけている。

 マルセイユでは公式戦通算35試合で5得点・9アシストを記録。当動画には、93-94シーズンのリーグ・アンで生まれた5つのゴールシーンすべてが収録されている。

 93年11月6日、カーン戦でのマルセイユ移籍後初ゴールはPKだった(12秒~収録)。95年2月9日のトゥールーズ戦では1試合2得点。先制点となる1点目は、ルディ・フェラーが華麗なボールコントロールでマーカーを剥がし、右サイドから送ったクロスを泥臭くダイビングヘッドで沈め(16秒~収録)、2点目はソニー・アンデルソンからのラストパスを丁寧に右足インサイドでプッシュしている(23秒~収録)。

 鮮やかなボレーが炸裂したのは、94年5月4日のアンジェ戦。ここでもソニー・アンデルソンの柔らかなクロスを、やや下がりながらのダイレクトショットで確実に仕留めている(30秒~収録)。そして、マルセイユでのラストゴールとなったのが、36秒から収録されているリヨン戦の一発。味方のスルーパスに中央から抜け出すと、独特の間合いで相手GKに尻もちをつかせ、余裕で1対1を制している。ゴール後のガッツポーズは、Jリーグ時代もお馴染みだった。

オシム監督の下、旧ユーゴスラビア代表を90年W杯でベスト8に導いたピクシー。マルセイユではケガに苦しみ、八百長事件による2部降格を受けて日本へ新天地を求めた 【DUGOUT】

 かつてオシムさんが、「セルフィッシュではなくコレクト(正しい)な選手」と高く評したピクシー。現在セルビア代表監督を務める彼は、恩師の死に際して、「イタリアW杯で彼と経験したすべてが特別な思い出です。知的で直感に優れた戦略家で、旧ユーゴスラビアのサッカー界で最も重要な人物として、人々の記憶に残り続けるでしょう」と、追悼のコメントを残している。
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