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【動画】天才パサー、デ・ラ・ペーニャの真骨頂とも言うべき一撃必殺のスルーパス

YOJI-GEN

「天才パサー」と呼ばれた選手は古今東西、それこそ星の数ほどいるが、イバン・デ・ラ・ペーニャほどパスに特化した天才は珍しい。

 15歳でバルセロナのカンテラ(下部組織)に入団した当初から、10年、いや20年に1人の逸材と称され、95-96シーズンにヨハン・クライフ監督の下でトップデビュー。いきなり公式戦通算9ゴール・4アシストという成績を残し、『エル・パイス』紙によるベスト・ヤング・プレーヤー賞に輝くのだ。

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 強烈なインパクトを放つのは、クライフに代わってボビー・ロブソンが監督に就任し、“元祖フェノーメノ(怪物)”ことロナウドが加入した翌96-97シーズンだった。そのロナウドとホットラインを形成すると、コパ・デル・レイとカップウイナーズ・カップの優勝に大きく貢献。ロナウドがわずか1年でバルサを去り、インテルへ移籍する際に、「イバンも一緒に連れて行きたい」と言ったのは有名な話だ。

 その後、ルイス・ファン・ハール監督の就任とともに出番が減少。98年の夏にラツィオに新天地を求めるが、しかしセリエA特有の当たりの激しさに苦しみ、輝きを失う。翌シーズンはフランスのマルセイユにレンタル移籍するも、ここでも守備意識と戦術理解の低さが仇となり、“リトル・ブッダ”(その風貌から付けられた愛称)は次第に忘れられた存在になっていった。

 一撃必殺のスルーパスに無上の喜びを見出す彼が、ふたたび脚光を浴びるのは、2002-03シーズンにエスパニョールに移籍してからだ。司令塔として自由を与えられると、ゴールに直結するラストパスを連発。04-05シーズンに長年低迷していたチームを5位に押し上げ、翌05-06シーズンはコパ・デル・レイ制覇の原動力に。この活躍を評価され、05年2月には28歳にしてスペイン代表デビューも飾っている。

エスパニョールには10-11シーズンまでの9年間在籍。08-09シーズンのバルサ戦では古巣から2得点を奪い、27年ぶりのダービー勝利の立役者に 【DUGOUT】

 ここで紹介するのは、06-07シーズンのUEFAカップ(現ヨーロッパリーグ)、マッカビ・ハイファとのラウンド16の映像だ。アウェーの第1レグをスコアレスドローで乗り切って迎えたホームの第2レグで、デ・ラ・ペーニャが躍動する。

 まず53分、ゴール中央やや左から内側に持ち出し、寄せてきた相手DF2人の間を射抜くように強烈なミドルを突き刺して均衡を破ると(冒頭のシーン)、真骨頂と言えるのが2点のリードで迎えた61分のシーンだ(14秒〜収録)。先制ミドルとほぼ同じ位置から、今度はピッチを縦に切り裂くような球足の長いスルーパスを供給。美しいインサイドキックから放たれたボールは、相手DFを背走させ、右サイドを駆け上がったルイス・ガルシアの足元へ、ピタリと届いた。

 結局この試合を4-0で制したエスパニョールは、さらに準々決勝でベンフィカ、準決勝でブレーメンを連破し、ファイナルの舞台にたどり着いている(決勝はセビージャにPK戦の末に敗れて準優勝)。

「シャビには俺のようなパスは出せない」

 古き良き時代のロマンを感じさせる天才パサーが残した、これもまた有名なセリフだ。
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