鈴木猛史、特別な“3月13日”にメダルならず 回転のスペシャリストが悔し涙「正直このまま終わりたくない」

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2本目のレース終盤でまさかの転倒。悔し涙を浮かべた鈴木 【写真は共同】

 10日に行われた大回転のレース後、スラローム(回転)のスペシャリストが思わず涙ぐんだ瞬間があった。

「やはり息子にメダルを掛けさせてあげたいと思っています。『頑張って』と動画が送られてくるんですよね。心が挫(くじ)けそうなとき、緊張で負けそうになるときもありますが、力になっていますし、助けられているなと。だからこそ、本当にメダルを見せてあげたいですね」

 愛息のためにどうしてもメダルが欲しい。一度はつかみかけた夢が、最後の最後にするりとこぼれ落ちた。

 北京パラリンピック競技最終日の13日、国家アルペンスキーセンターで男子回転が行われた。2014年ソチパラリンピックの同種目で金メダルを獲得し、スラローム(回転)のスペシャリストと呼ばれる座位の鈴木猛史(KYB)は2本目に途中棄権となり、目標としていたメダルには届かなかった。同じく座位の森井大輝(トヨタ自動車)は5位入賞、藤原哲(コロンビアスポーツウェアジャパン)と狩野亮(マルハン)は途中棄権に終わった。

2本目のレース終盤にまさかの転倒

日本チームの仲間から「最後はお前が」という思いを託され鈴木は臨んだ 【写真は共同】

 回転は2回の合計タイムで争われる。高速系種目(滑降、スーパー大回転)と比較すると標高差が小さく、距離が短いのが特徴だ。一方で旗門(ポール)の数は多いので、素早いターンと正確な技術が求められる。

 これまでの鈴木の最高順位は、7日のスーパー複合と10日の大回転でいずれも5位。メダルにはわずかに届かず、悔しい思いをしていた。今回は本命種目の回転。森井や狩野といった日本チームの先輩たちからも「最後はお前が決めてくれ」とレース前に託されていた。

 出場を取りやめた選手も含めると39人中23人と、半数以上が棄権となる荒れたレースとなった。1本目に途中棄権となった狩野も「(雪面に)結構な穴があいていて、自分もその穴にはまった」と明かし、選手にとって非常に難しいコースコンディションとなっていた。

 14番滑走で迎えた鈴木の1本目。大きなミスなく冷静な滑りを見せ、トップと3.63秒差の4位とメダル獲得の射程圏内につける。メダルが決まる2本目、前走の森井から「(レース終盤の)急斜面が厳しいから気をつけるように」と連絡が入った。森井の言葉を頭に入れスタートすると、レース中盤の緩斜面まで安定した滑りを見せ、メダル圏内のラップタイムを記録する。そして、森井から注意があった急斜面の終盤に差しかかかると、徐々に体が旗門に対し遅れ始めてきてしまった。

「森井先輩の方から『急斜面が厳しいから』と言われていたので、準備はしていたつもりなんですが、想像以上の厳しさでした。そこがダメでしたね。甘く見ていたのかもしれません。中盤まではベストな滑りができていたのかなと思いますが、そこからスピードがついてきてしまって。体がしだいに遅れ始めていた流れで急斜面に入ってしまったのがいけなかったのかなと思います」

 転倒した瞬間、日本の男子立位の選手たちも思わず声が漏れ、頭を抱えた。その瞬間、今大会のメダル獲得という、鈴木の目標が潰えた。

「何があったんでしょうね。本当に失敗した瞬間、頭が真っ白になってしまいました」

平昌パラではメダルを逃す結果に終わった

 福島県出身の鈴木は、高校2年生の時に06年トリノパラリンピックに初出場。最高順位は滑降の4位と、あと一歩のところでメダルを逃す結果に悔しさを噛み締めた。そこから4年後に向けて技術的な部分を磨き、「プレッシャーに弱い」という精神面での課題を克服すると、10年バンクーバーパラリンピックの大回転で自身初の銅メダルを手にする。次の14年ソチパラリンピックでは滑降で銅メダル、得意の回転では金メダルを獲得した。

 しかし、3大会連続のメダルが期待された18年平昌パラリンピックでは表彰台に届かず。大会後、鈴木は活動の拠点を地元・福島から宮城県の仙台に移した。

「今までは一人でトレーニングをしていたのですが、どうしても甘えが出てしまったり、追い込めない部分がありました。仙台のトレーナーさんと一緒に、最後まで追い込めるような環境を整えました。年齢的にも30代なので、特定の部分というよりバランスよく鍛え、『疲れにくい体』を作ることを目指してきました」

 鈴木といえばターンする方向と反対の腕を振り上げ、アウトリガー(先端に小さなスキー板が付いたストック)をポールに当てていく、「逆手」と呼ばれる技術が特徴的だ。これまでのパラリンピックでも逆手のスタイルでメダルを獲得してきたが、平昌パラリンピックでの経験から、森井や狩野と同じく体でポールに当たるスタイルにチャレンジ。大会前のレースで本人も手ごたえをつかんでいた。

「やはりトップで滑っている選手のほとんどが体で(ポールを)倒していて、タイムも早いんですよね。自分で試した結果、スキーの板に対する力の入れ方というのが、手をあげた時(逆手)よりもすごく力を加えやすい。板に力を加えやすいということは、板を走らせる力にもつながります。(スタイル変更によって)ターンの質が上がったなと感じています」

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