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【動画】V・ニステルローイ、パク・チソン、スタム 元マンU戦士のPSV時代の輝き

YOJI-GEN

 現在、日本の堂安律がプレーするPSVは、オランダきっての名門であり、欧州フットボールではいわゆるメガクラブへのステップボードと位置づけられる。このクラブで経験と実績を重ね、その後大きく羽ばたいた選手は少なくない。

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 ヤープ・スタム、ルート・ファン・ニステルローイ、パク・チソン、メンフィス・デパイもそうだ。この4人はいずれもPSVで評価を高め、イングランドの名門マンチェスター・ユナイテッドに引き抜かれた。

 この中で唯一の現役プレーヤーであるデパイは、12歳でPSVの下部組織に入ったいわば生え抜きだ。トップチームデビューは2011年9月21日のKNVBカップ(オランダカップ)。当時はまだ17歳だった。

 PSVでは4年間プレーし、リーグ戦通算39ゴールを記録。卓越したテクニックとスピード、シュートセンスを駆使して攻撃陣を引っ張り、ラストシーズンとなった14-15シーズンには22ゴールで得点王に輝いた。12-13シーズンのフローニンゲン戦でのゴール(7秒〜収録)のようなドリブルシュート、最終ラインの裏にパスを引き出してのゴール、強烈なミドルなど、ゴールパターンが豊富。AZ戦での見事な一撃(24秒〜収録)のようにFKでのゴールも多く、自身にとってホーム最終戦となった14-15シーズンの第33節でもFKを決めた。

 20歳で移籍したマンUでは壁にぶち当たりキャリアが停滞したが、16-17シーズンの冬の移籍マーケットで加わったフランスのリヨンで軌道修正に成功。今季からプレーするバルセロナでは故障離脱もありながら、すでにゴール数を二桁に乗せている。

 日本でプロデビューしたパク・チソンが、京都パープルサンガ(現・京都サンガF.C.)からPSVに移籍したのは03年1月。シーズン途中の入団ということもあり1年目は思うような活躍ができなかったが、2年目からは圧倒的な運動量とスピードを武器にチームの中心となった。

 在籍した3年間で、リーグ戦では13ゴール。右サイドから切り込んで左足で決めたRKC戦での一撃(26秒〜収録)は、パク・チソンらしいゴールだろう。唯一、複数得点を挙げた04-05シーズンの第25節ADO戦では、ゴール前に走り込んで敵と競り合いながらヘディングで先制点をもたらした(36秒〜収録)。

 05年夏に移籍したマンUでも貴重な戦力となった韓国代表は、同じイングランドのQPRを経て13-14シーズンにPSVに復帰。第7節のアヤックス戦では2アシストをマークした後、GKとの1対1からダメ押し点となるゴールを奪い(41秒〜収録)、ライバルを4-0の大差で下す快勝劇の立役者となった。

 PSV出身の選手で出世頭と言える1人が、ファン・ニステルローイだろう。パク・チソンとも1年だけ一緒にプレーしたマンUではエースとして君臨し、5年間で20ゴール以上を4度記録。レアル・マドリーでも得点源として活躍した。

 ファン・ニステルローイがストライカーとして覚醒したのがPSV時代で、入団1年目の98-99シーズンには31ゴール、翌99-00シーズンには29ゴールを挙げて2シーズン連続でリーグ得点王に輝いた。全能のストライカーは在籍した3年間で多くのファインショットを決めたが、背にした相手を胸トラップから反転して抜き去り、右足の弾丸シュートを突き刺した98-99シーズンの第26節・アヤックス戦での一撃(45秒〜収録)は、PSV時代を代表するゴールの1つだろう。

パク・チソンにとって欧州初挑戦のクラブがPSVだった。韓国代表で師事したヒディンク監督に誘われ、その恩師の期待に応える素晴らしいパフォーマンスを見せた 【DUGOUT】

 動画の最後に登場するのがスタム。98-99シーズンに加入したマンUでも最終ラインの要となった鉄壁のCBは、SBもこなしたように巨漢ながら足元の技術も安定しており、そのキャリアを通じて少なくない得点を挙げている。3年間プレーしたPSVではリーグ戦通算12ゴール。1年目の95-96シーズン、右SBとしてプレーした第23節のRKC戦では、華麗なステップで敵をかわし、左足でカーブをかけた素晴らしいシュートを決めた(1分5秒〜収録)。
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