“未知への挑戦”が平野歩夢を金メダルに導く 東京五輪の経験によって「全てで強くなれた」

スポーツナビ

海外メディア陣も歩夢に大注目

世界中からの注目が集まる中、平野歩夢は自らの実力を存分に示し、金メダルをつかんだ 【Photo by Christophe Pallot/Agence Zoom/Getty Images】

 北京五輪でスキー・スノーボードを中心に取材していると、スノーボード種目はメディアの数、質が他の種目とやや異なっていることに気づく。特にハーフパイプ(HP)では9日の男女予選、10日の女子決勝ともに、米国や豪州からの記者を多く見かけた。11日に行われた男子決勝では、競技開始1時間前にはプレスセンターは満員。普段ならある程度人と人の距離を保ちつつ競技を見られるミックスゾーンも、競技開始の時点で端から端まで立錐の余地もない状態となっていた。

 そんな中で始まった決勝1本目。予選1位通過の平野歩夢が最終滑走で登場すると、近くのモニターを見つめていた豪州の記者からは「Oh!」「Wow!」とまるで自国選手へ向けたような歓声が上がった。他国の期待も背中に受けながら、23歳の若者は縦3回転、横4回転を同時に回る「トリプルコーク1440」へ果敢に挑んでいく。そして、1本目から五輪史上初の大技を成功させると歓喜の声が、そして直後の転倒時には悲鳴にも似たような声が聞かれた。

 競技の合間には、私が日本人であることに気づいた近くのドイツ人記者から「アユムのことについて何か知っているストーリーはない?」と突然尋ねられるなど、歩夢が世界中から高い注目を集めていることを改めて実感した。

「怒りを集中に変えた」3本目の逆転劇

2本目の採点を受けて「怒りが切れず3本目に入った」と振り返るが、集中を乱すことはなかった 【Photo by Christophe Pallot/Agence Zoom/Getty Images】

 もちろん、注目し期待していたのは日本チームも同じ。会場には山下泰裕・日本オリンピック委員会会長を筆頭に、日本選手団の伊東秀仁団長、原田雅彦総監督、前日に女子HP決勝を戦った冨田せな・るき姉妹ら関係者が多数詰めかけ、歩夢ら日本選手を応援していた。

 1本目は転倒し、9位発進となった歩夢。だが、五輪史上初めての大技を成功させたことで、会場からの期待はますます高まっていた。そんな中で迎えた2本目。トリプルコーク1440を1発目で決めると、その後もハイレベル、そして高い高度の技を連発して完走。日本の応援団はもとより、会場全ての人々が思わず歓声をあげ、拍手を送っていた。だが、直後に出た採点は1位のスコット・ジェームズ(豪州)の92.50点に次ぐ91.75点で2位。歓声が沈黙に変わり、スイスチームなどからは明らかなブーイングが聞こえた。

 歩夢本人も「難易度的も上回っていて、誰もやったことのないトリプルコーク1440や、1440(縦3回転の技)を3つ入れているのにおかしいと思いました。イライラして、その怒りが切れず3本目に入りました」と、採点に対しての思いを正直に打ち明けた。
  
 もしもここで1位になっていれば……と思い起こすのが8日の練習後の話だ。「半年前くらいからイメージしている技、それを徐々に育てている状態なので、機会があれば出したい」と、歩夢は五輪での新技披露を示唆していた。だが村上大輔コーチとの相談の結果、新技解禁は見送る決断を下す。3本目では技を変えるのではなく、高さを上げて技の完成度を高めることで、逆転の金メダルを目指した。

 歩夢本人が「怒りから集中していた」という一方、村上コーチは「集中しきっていて、決めてくれるだろうと思った」と、激しい感情を周囲には感じさせずに迎えた3本目。磨き上げたトリプルコーク1440を2本目よりも高い5.5メートルの高さで飛ぶと、その後も1440を3回決める圧倒的な滑走を見せ、逆転での金メダル獲得となった。

「僕は内心ドキドキでしたね。歩夢より緊張していたかもしれないです」と、逆転劇を間近で見つめた村上コーチは、3本目の滑走についてこう分析している。

「2本目のラン(滑走)でまくれなかったということは、同じランをするなら高さを上げるプラス、着地の少しのミスもなく行こうと話していました。それを最後のランで決めた歩夢の精神力がすごいと思います。3本目のランの流れは、きょうの決勝の公式練習で初めてつなげました。でも、本番については公式練習以上の高さと完成度で、これまで歩夢を見ていて、確実に一番いい滑りだったのかなと思います」

 15歳で挑んだ2014年のソチ五輪で銀、続く平昌五輪でも銀。2大会連続で頂点にあと1歩届かなかった男が、文字通り「三度目の正直」でつかんだゴールドメダル。「4歳から(スノーボードを)始めて、ずっと小さい頃の夢を追いかけてやってきた自分があったので、その夢が一つ叶ったということがまずは大きいです」と、喜びに浸った。

1/2ページ

著者プロフィール

スポーツナビ編集部による執筆・編集・構成の記事。コラムやインタビューなどの深い読み物や、“今知りたい”スポーツの最新情報をお届けします。

新着記事

スポーツナビからのお知らせ

編集部ピックアップ

コラムランキング

おすすめ記事(Doスポーツ)

記事一覧

新着公式情報

公式情報一覧

日本オリンピック委員会公式サイト

JOC公式アカウント