羽生は不運のショートから挽回へ、コーチ復帰で弱点克服の宇野 初の五輪に臨む鍵山は自分に集中する強さを見せる

沢田聡子

五輪の魔物に逢ってしまった羽生結弦

まさかの展開となった羽生。どのような演技で巻き返しを図るのか。10日のフリーからも目が離せない 【Getty Images】

「氷に嫌われちゃったなって思いながら、やっていました」

 羽生結弦は、ミックスゾーンでそう語った。表情は穏やかだったが、無念がにじむ口調だった。

 男子ショートプログラム、羽生が初めて試合に出場する首都体育館は、6分間練習で羽生が登場した時から大歓声に包まれ、中国でも特別な存在であることを感じさせた。羽生の滑走順は、第4グループ3番目。『序奏とロンド・カプリチオーソ』が流れ、最初のジャンプとなる4回転サルコウに入っていく。しかしサルコウの回転が抜け、1回転になってしまう。羽生の登場に華やいでいた首都体育館の空気は、一気に凍り付いた。

 羽生によれば、4回転サルコウの失敗の原因は「(リンクに空いた)穴に乗っかりました」ということだ。2019年にさいたまスーパーアリーナで行われた世界選手権のショートで、羽生は6分間練習で自分が描いたトレースにはまり、ジャンプをミスしている。

「今回はそのミスの経験があったので、ちゃんと6分間(で4回転サルコウを跳ぶ軌道を試合本番で跳ぶ軌道と)ちょっとずらしていたんですね。で、本番の時に完璧なフォーム、タイミングでいったら、跳んだ瞬間にもう穴に入っていて。違う(選手の作った)、完全に(羽生が跳ぶサルコウではなく)トウジャンプの穴だったので、もうしょうがないです」

 つまり4回転サルコウを踏み切る際、他の選手が作ったリンクの穴にたまたま乗ってしまったということだ。五輪の舞台でそのような偶然が起こるのは、不運としかいいようがない。北京五輪の魔物は、羽生を餌食にしたのだろうか。

 予想外の展開だったが、しかし羽生は2本目のジャンプとなる4回転トウループ+3回転トウループを美しく決め、4.07という非常に高い出来栄え点を得ている。すぐに立て直して本来のジャンプを跳んだのは、さすがに羽生と思わせる強さだった。

 最後のジャンプとなるトリプルアクセルは、やや耐える着氷となったように見え羽生本来の出来ではなかったが、それでも2.63の出来栄え点がついた。スピン・ステップもすべてレベル4で、95.15というスコアを得る。羽生が「それでも95点出していただけたのはすごくありがたいですし、それだけ他のクオリティを高くできたっていうのは自分をほめていきたい」と言う通り、サルコウが1回転になったことで無得点となり得点を大きく失いながらも、羽生ならではの質の高いスケートを見せたといえるだろう。

 しかし男子ショートのレベルは高く、羽生は8位発進となった。順位を見ると苦しいスタートであることは否めないが、羽生の一番の目標である4回転アクセルに集中する状況が整ったともいえる。

「練習としてはしっかり積めてきていて、演技に関してはすごく自信がある状態で来られていると思うので、後はもう神のみぞ知るっていうか。とにかくまだ時間はあるので、ショートが終わった後の時間を有効に活用しながら皆さんの思いを受け取りつつ、完成されたものにしたい」

 フリー『天と地と』では、すべてを出し切る羽生にしかできないスケートを期待したい。

大舞台で4回転+3回転に挑んだ宇野昌磨

3位に付ける宇野は上々の滑り出し。合流したステファン・ランビエールコーチとともにメダル獲得を目指す 【Getty Images】

 羽生の直後に滑った宇野昌磨は、異様な雰囲気を払拭する素晴らしい演技を見せる。冒頭の4回転フリップは得意としているジャンプで、危なげなく決めて3.77という高い加点を得た。

 続く4回転トウループ+3回転トウループは、いつもセカンドジャンプを2回転にする安全策をとりがちで、宇野が課題として挙げているジャンプだ。しかしこの日は、果敢に3回転をつけてきた。着氷で手をつきそうになり耐えたことで出来栄え点はマイナスの評価になったが、五輪でも守りに入らず上を目指す宇野の姿勢が見えたジャンプだった。『オーボエ協奏曲』の重厚な旋律に乗って宇野の伸びのあるスケーティングが映え、完成度の高いプログラムを滑り切る。

 宇野を指導するステファン・ランビエールコーチは、コロナウイルスの陽性反応が出たため北京入りが遅れていたが、この日は宇野に付き添っていた。団体戦でとりこぼしがあったスピンやステップですべてレベル4をとれたのは、ランビエールコーチと話し合った成果だという。

「フリーでは、このショートプログラムよりも全然難しい構成が待っているので。ただ練習から毎回ノーミスできているような構成、内容ではないので、あまりそこまで高望みはしていないです。僕は練習につながる試合、そして試合につながる練習、それを求めています」

 4種類5本の4回転を組み込むフリーこそ、今季の宇野の意欲的な姿勢を示すものだ。10日のフリーで宇野がどこまで自身を高められるか、注目したい。

嬉しく楽しく滑った鍵山優真

鍵山は自己ベストを更新。2位に付けて迎えるフリーの演技にも期待が懸かる 【Getty Images】

 そして初めての五輪で勢いに乗る鍵山優真は、とにかく楽しそうに首都体育館のリンクを駆けまわった。冒頭で跳んだ4回転サルコウでは、4.02と高い出来栄え点を得ている。予定構成表では1本目の4回転サルコウをコンビネーションジャンプにしていたが、本番では2本目の4回転トウループに3回転トウループをつけ、見事に成功。『When you’re smiling』の曲を体現するような笑顔あふれる演技で、ネイサン・チェン(米国)に続く2位につけた。

 団体戦から好調を維持する鍵山は「笑顔の通り嬉しく楽しく、いいプログラム」と振り返った。

「やっと自分らしいプログラムを滑ることができたかなと思っています」

 自己ベストを更新する108.12というハイスコアに対して、鍵山は必要以上に意識はしていないようだった。

「自己ベストに関してはとても嬉しいですけれど、そこまであまり点数のことは気にしてなくて。今までショートプログラムでうまくいかない演技が続いてたので、本当に『全力でやりたいな』という気持ちが今日は一番でした」

 今季グランプリシリーズ初戦となったイタリア大会で、鍵山はジャンプのミスに平常心を失い、7位と出遅れている(フリーで巻き返し優勝)。シニアデビューで世界選手権2位という昨季のこの上ない結果は、今季前半の鍵山にとって重荷になっていた。

「気持ち的な部分が一番大きくて、いろいろ自分で勝手に背負わせてしまったりしていたので、そこがプレッシャーになっていたんじゃないかなと思っています。去年の結果のことだったり、いろいろ期待されている中で、もっと新しい自分を出していかなきゃいけないなというふうに考えていたのが、マイナスの方向につながってしまったかな」

 しかし、今の鍵山はいい形で自分に集中できている。

「今まで周りを気にしすぎてダメになってしまうことが、自分を見失ってしまうことが多かったので。周りは見えているけれども自分に集中する、というのがベストなので、今日はそれができたかなと思います」

 初の五輪でベストの精神状態を保てるのは、鍵山の優れた能力だといえるだろう。フリーでいい滑りをして1位となり、銅メダルを獲得した団体戦の経験も、鍵山に自信をつけた。

「(団体戦で)いいジャンプが跳べたことで『オリンピックでも自分はできるんだぞ』っていう自信があったので。今日までしっかりと気持ちを持続できたのがよかったです」
「団体で、メダルをみんなでとれたのが嬉しかったですし、個人でもやっぱり目指しているので、引き続き頑張りたいと思います」

「この気持ちを忘れずに最後まで、オリンピック生活とこのフィギュアスケートを楽しんでいきたいな」と幸せそうに語る鍵山は、フリーにも自分に集中して臨む。

「いつも通りやれば、それなりに点数と結果はついてくると思うので、頑張ります」

 初の五輪を満喫する鍵山が自分の滑りをすることができれば、個人戦でもメダルを獲得することができるはずだ。
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著者プロフィール

1972年埼玉県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、出版社に勤めながら、97年にライターとして活動を始める。2004年からフリー。主に採点競技(アーティスティックスイミング等)やアイスホッケーを取材して雑誌やウェブに寄稿、現在に至る。

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