オフシーズンはドキュメンタリーを愉しむ JリーグとDAZNが追求する新たな映像

宇都宮徹壱

「たとえ思わしくない成績であっても」

Jリーグのコミュニケーション・マーケティング本部で映像を担当する岩貞和明(右)と東田輝之の両氏 【宇都宮徹壱】

 前述のとおり、Jドキュメンタリーでは5つのクラブが登場するが、それぞれの切り口が異なっているのが特徴的だ。

 横浜FCは『All or nothing』的な作りだが、G大阪の『WHO is your HERO』は宇佐美貴史や昌子源、パトリックといった選手にフォーカス。両作品の中間的な位置づけなのが横浜FMの『アタッキングフットボールの進化』で、前田大然とオナイウ阿道にフォーカスしながら、今シーズンのチームの成長過程を丹念に追っている。

 いずれも素晴らしい内容となっているが、今回の企画にJリーグはどのように関わっているのか気になるところ。そもそもプロジェクトは、いつスタートして、どのような過程で今回のラインナップが決まったのだろうか。この疑問に答えてくれたのは、Jリーグのコミュニケーション・マーケティング本部で映像企画担当の岩貞和明氏である。

「昨年12月、Jリーグに所属する全クラブに声をかけて、13クラブが手を挙げてくれました。そこから10項目くらいの制作基準を設けて、それぞれ5段階評価をさせていただきました。項目としては、企画内容や予算、現場の協力体制といったところです。現場に関していえば、たとえ思わしくない成績であっても、最後まで撮影することは念押しさせていただきました。最終的に今年は5クラブに絞り込みましたが、全57クラブに対しては『こういった基準で決定しました』ということを、きちんと明らかにしています」

 いくつかある条件の中で、最もハードルが高かったと思われるのが「たとえ思わしくない成績であっても」だったのではないか。くしくも今回選ばれた5クラブのうち、実に3クラブが残留争いに巻き込まれ、いずれもシーズン途中で監督が解任されている。「さすがに、われわれも予想していませんでした」と苦笑するのは、映像制作部プロダクションオフィサーの東田輝之氏である。

「たとえばG大阪の場合、シーズン序盤にコロナ感染のためチームが活動停止になりました。再開後はなかなか勝てず、とうとう宮本(恒靖)監督も解任されました。ネガティブな部分は見せたくないという気持ちになっても仕方がないとは思いましたが、クラブ側はこのような状況でも本当に頑張ってくれました。また幸いなことに、選手はとても撮影に協力的でしたね。11月に配信したパトリック選手は、子供とサッカーをしたり、日本語の勉強をしたり、プライベートな部分もかなり見せてくれました」

 ところで今回のラインナップで唯一、J2から選ばれたのが千葉である。当初「なぜ千葉?」という反応も少なくなかったそうだ。ところが11月に『The Never Ending Dreams 〜想いを つなぐ〜』が公開されると、前身の古河電工時代までさかのぼる重厚な歴史と、OBの川淵三郎氏や岡田武史氏といった豪華な証言者の登場に、多くの視聴者が魅了されることとなった。今度はうれしそうな表情で、東田氏は語る。

「確かに千葉は長くJ2にいますが、直近の成績がすべてではないんですよね。日本サッカーにまつわる、さまざまな歴史や文化も知っていただきたい。実際、DAZNで公開されると、かなり反応は良かったです。実は千葉に関しては、制作会社の選定段階からJリーグが相談を受けて協力しています。ですので『見たら驚いてもらえる』という手応えは、公開前からありました」

気になる来季のJドキュメンタリー

横浜FMの『アタッキングフットボールの進化』ではアンジェ・ポステコグルー前監督からの戦術の系譜をたどる 【宇都宮徹壱】

 さて、2021シーズンのJリーグも終了し、これから約3カ月のオフ期間に入る。しばらくJリーグ中継が見られない中、DAZNのJドキュメンタリーのラインナップは、サッカーファンの渇望感を埋めてくれることになりそうだ。DAZNの水野氏は言う。

「これからシーズンオフに入りますが、Jドキュメンタリーは1月まで順次出していく予定です。オフシーズンを埋める目的もありますが、それ以上に視聴者のエンゲージを高めていきたい。ドキュメンタリーテイストのプログラムは他クラブのファンも関心を示す傾向が見られますので、どんな数字が出てくるのか楽しみです」

 すでに清水を除く4クラブの作品がリリースされ、視聴数をはじめとするさまざまなデータはDAZNからJリーグと各クラブにも共有されている。そこからどんな傾向が見えているのだろうか。Jリーグの東田氏が、興味深い事実を教えてくれた。

「今季の成績が良かった横浜FMは、ファンベースが多かったです。G大阪と横浜FCはファンベースだけでなく、他クラブのファンやサッカー以外のスポーツを視聴する方々の流入が多かったですね。特に横浜FCの場合、基本的に残留争いの話がメーンですから、当事者意識が高い人には見るのが辛い部分もあったのかもしれません。いずれにせよ、これまでJリーグをあまり見なかった人にも、厳しい残留争いのリアルな現場というものを、これらのドキュメンタリー作品から知っていただければと思います」

 このJドキュメンタリーは来年も継続の予定で、すでにいくつかのクラブから「次回はこんな企画をやりたい」とか「来年こそは参加したい」といった要望も届いているそうだ。そうした状況を踏まえつつ、来季の方向性について岩貞氏は語る。

「今後は、各作品のトーンに統一感を持たせるかどうか、ということも検討したいと思っています。『All or nothing』も、NFLフィルムズが制作して番組のトーンを統一していますよね。もしかしたら千葉のドキュメンタリーのように、Jリーグ側も制作のディレクションにもう少し深く入っていくかもしれません。いずれにせよ、可能な限り視聴者の要望に応えながら、JリーグファンやDAZNの加入者を増やしていきたいですね」

 ちなみにJリーグもDAZNも、SNSでの視聴者の反応は細かくチェックしている。作品の感想や次回作へのリクエストを書き込めば、かなりの確率で担当者の目に留まることだろう。もしかしたら、来年のJドキュメンタリーの方向性に、少なからず影響を与えるもしれない。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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