佐藤寿人が恩師・森保一監督を直撃 アウェイ2連戦はどう点を取りますか?

YOJI-GEN

あの円陣は選手たちのファイトがうれしくて…

代表監督のプレッシャーは相当なものなのだろう。普段は冷静な森保監督だが、オーストラリア戦の勝利後は選手と円陣を組み、珍しく感情をあらわにした 【Getty Images】

佐藤 代表監督というのは、クラブの監督とは比べ物にならないくらい大きなプレッシャーを背負って仕事をされていると思います。僕は広島時代にコーチと選手、監督と選手という関係で、また仙台時代にはキャプテンと若手の一人という関係で、森保さんのいろんな表情を見てきましたけど、オーストラリア戦後の円陣で選手たちに熱く語りかける姿を見て、あらためてそう感じました。
 
 目先の結果に一喜一憂することなく、負けても必要以上に落ち込まず、勝っても必要以上に喜ばず、常に次を見据えていた森保さんであっても、やはり相当なプレッシャーを感じてらっしゃるのでは?

森保 プレッシャーはありますよ。めちゃめちゃあります。試合に勝った後は、本来ならロッカールームに戻ってからみんなで喜びを分かち合い、そこで次の試合に向けて気持ちを切り替えていくのですが、あのオーストラリア戦に関しては、引き分け以下なら(自動的にW杯出場権獲得となる)グループ2位以内の確保が難しくなる状況でした。もちろん、プレーオフも含めて最終的に取り返す機会はまだあると理解した上で、試合には臨みましたが、とにかくあの試合では選手たちのファイトがうれしかった。かなりの緊張を強いられたと思うし、我々が積極的にプレーしろと言っても……。

佐藤 リスクを負ったプレーがしにくい状況?

森保 そう。そんな難しい試合でも、選手たちはアグレッシブにプレーし、最後まであきらめずに戦い抜いて勝利をつかみ取ってくれた。それがすごくうれしくて、あの円陣での反応になったんです。ただ、まだ首の皮一枚でつながっている状況に変わりはないので、ひとしきり喜んだ後は、「また次へ」と気持ちを切り替えました。

 私自身のプレッシャーに関して言うと、実はクラブの監督でも代表監督でも、あまり自分の中では違いを感じていません。どこで監督をやるにしても、まずはチームを勝たせることが一番の仕事で、もちろん結果については約束できませんが、預かっている選手とチームの成長のために、自分ができることを100パーセントの力でやっていくことに変わりはありませんから。確かに一クラブを応援してくれるサポーターの数と、日本代表を応援してくれている方の数には違いがあると思いますが、自分の中にある責任の重さはまったく同じなんです。それに今も、プレッシャーはありますけど、ストレスは感じていないので。

佐藤 そうなんですね。

森保 プレッシャーはできれば受けたくないですけど(笑)、こうしてサッカーに携わる仕事を、それもこんなにやりがいのある仕事をさせてもらっているわけですから、ストレスはありません。自分の仕事に集中し、やり遂げたいなと思っています。

どん底に突き落とされた現役時代の経験

日本を徹底的に研究してきたオマーンを崩せず、大事な初戦を落とした。今回のアウェイゲームは、「どんな内容であっても勝たなくてはならない」(森保監督) 【Getty Images】

佐藤 最終予選のちょうど折り返しとなるオマーン戦について、もう少し聞かせてください。初戦で悔しい敗戦を喫した相手になりますが、今回はどういったプランで臨みますか?

森保 あのホームでの敗戦は悔しかったし、悲しかったし、なによりサポーターの皆さんに対して本当に申し訳ない気持ちになりました。次はアウェイですが、どんな内容であっても勝たなくてはいけないと思っています。

 オマーンは比較的サイドにスペースがあって、そこは初戦でも使うことができましたが、なかなか相手を混乱させられるような攻撃に結び付けられませんでした。ですので今回は、自分たちがボールを握りながら、縦だけではなくサイドでもしっかりと起点を作り、バリエーションのある攻撃を見せたいですね。先ほども言ったように、オマーンは対戦相手をとことん分析し、ウイークポイントを突いてくるチームですが、どんな戦いを仕掛けられたとしても、柔軟に対応しながら上回っていきたいと思っています。

佐藤 オマーン戦は僕がDAZNで解説させていただくことになりましたので、ぜひとも良い試合と勝ち点3をお願いします(笑)。

森保 寿人さんに喜んでいただけるように、寿人さんの解説で、見てくださっている皆さんに勝利を伝えていただけるように、頑張りたいと思います。

佐藤 森保さんは、選手としても監督としても最終予選を経験されていますが、難しさに違いはありますか?

森保 (94年アメリカW杯の最終予選に)選手として臨んだときには、W杯出場という夢をつかみ取れず(ドーハの悲劇)、悔しいとかではなく、本当に悲しくて、どん底に突き落とされたような気持ちになりました。サッカーに携わる仕事をしていく上で、これ以上悲しい思いをすることはもうないだろうと。そんな経験をさせてもらったので、そういった意味では選手時代と比べれば、今はメンタル的に落ち着いて戦いに臨めているように思います。ただ一方で、チームとしての準備という部分で、選手のときとは違った難しさも感じています。

佐藤 今回はアウェイ2連戦で、試合会場に駆け付けるのは難しい状況ですが、日本で応援してくれているサポーターに向けて、最後にひと言お願いします。

森保 コロナ禍ということもあり、現地の日本人サポーターは少ないだろうと覚悟しています。それでもDAZNさんが中継し、寿人さんが解説し、多くの人が日本から我々を応援してくれていることを心強く思いながら、持てる力のすべてをこの2試合にぶつけます。ぜひDAZNを通してエールを送り、そして一緒に戦ってください。よろしくお願いします。

森保一(もりやす・はじめ)
1968年8月23日生まれ。長崎県出身。長崎日大高から87年にマツダ(現サンフレッチェ広島)に加入し、92年からは広島の中心選手として活躍。94年のJリーグ・サントリーシリーズ優勝に貢献した。その後、98年に京都パープルサンガ(現京都サンガ)にレンタル移籍するが、翌年には広島に復帰。2002年からベガルタ仙台でプレーし、04年1月に現役を引退した。日本代表でも名ボランチとして鳴らし、通算35試合・1得点。93年には「ドーハの悲劇」も経験した。指導者に転身後は、広島の育成コーチや年代別の日本代表コーチを歴任し、07年からは広島のトップチームコーチを務める。アルビレックス新潟のヘッドコーチを経て、12年に広島の監督に就任すると、1年目にリーグ優勝を達成。翌13年には史上4人目となるJ1リーグ連覇を果たした。15年にも再び年間王者に輝き、17年には東京五輪を目指すU-23代表チームの監督に就任。18年ロシアW杯でコーチとして日本代表のベスト16入りに貢献すると、大会後には五輪代表監督と兼任する形でA代表の監督に就任。1年延期となった今夏の東京五輪も指揮した。
佐藤寿人(さとう・ひさと)
1982年3月12日生まれ。埼玉県出身。中学時代に双子の兄・勇人とともにジェフユナイテッド市原(現ジェフユナイテッド千葉)の下部組織に入団。2000年にプロデビューを果たす。その後、セレッソ大阪を経て、02年に加入したベガルタ仙台でストライカーとしての才能を開花させると、05年に加入したサンフレッチェ広島で、長く中心選手として活躍した。12年シーズンには森保一監督のもと、J1初優勝。自身は22得点で初の得点王に輝くとともに、MVPも受賞した。12年間在籍した広島では、13年、15年も含め3度のJ1優勝を飾っている。類まれな得点嗅覚とシュートテクニックを武器に、04年から15年までJリーグ史上最長の12年連続二桁得点。J1通算161得点は歴代2位の記録だ。01年のワールドユースなど年代別の国際大会を経験し、06年2月のアメリカ戦でA代表デビュー。日本代表通算は31試合・4得点。16年に名古屋グランパスへ移籍、18年には古巣の千葉に復帰し、20年シーズンを最後に引退。現在は主に解説者として活躍中。

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