最後まで風は葛西紀明の味方にならず 北京絶望も50代での五輪出場に意欲

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試合後に「気持ちもエネルギーもみなぎり始めました」

練習では大ジャンプも見せていた葛西。直後には力強い表情も見せていた 【写真は共同】

 全日本スキー連盟の原田雅彦理事は、大会終了後に11月下旬から行われるW杯とコンチネンタル杯の派遣メンバー10人を発表したが、その中にレジェンドの名前はなかった。そしてこの派遣メンバーから来年2月の北京五輪代表を決めることを明かした上で「今のところ10人からの入れ替えはない」と明言。首の皮一枚でつながっていた9大会連続の五輪への道は事実上絶たれた。

 だが葛西の視線はその次をとらえていた。2026年のミラノ・コルティナダンペッツォ(イタリア)五輪、そして現在招致活動が行われている30年札幌五輪に50代での五輪出場を目指すと宣言。

 現状についても「練習でも(大)ジャンプが出ているということは、どこかでまた出るんじゃないかという期待はしている。去年はこれ以上伸びないんじゃないかなという感じはわかっていて全然目標も見えてこなかったが、今回はちょっと上がってきている感じ、期待感がある。自分の気持ちもエネルギーもみなぎり始めましたね」と意欲が増している様子だ。

49歳で体重調整にも変化

 なぜここまで気力が衰えないのか? 1998年長野五輪でジャンプの団体メンバーから外れ、その後日本は金メダルを獲得。自身の著書『向かい風がいちばんいい』(河出書房新社、2017年)でも「最後に船木選手が飛んでいるとき『落ちろー』と叫んでいました」と明かしているように葛西にとって悔しさが大きく残り、そこから五輪の金メダルを目標に競技生活を続けた。だが、14年ソチ五輪男子ラージヒルで銀メダルを獲得し、このように考えるようになった。

「(ソチ五輪後は)どこに行っても気づいてもらえて、声をかけられると『僕が頑張ることによってすごく気持ちが上がっているんだな』とそのころから気づき、『もっと頑張ったらたくさんの人が応援してくれるんだな』という相乗効果。これは辞めないで頑張らなきゃだめだなという気持ちに変わりました」

 大会前から連日メディアの取材に応えていた葛西だが、本人の口からは決して後ろ向きな言葉は聞こえなかった。例年は3日間の断食で体重を落とし、そのままシーズンに突入していた葛西だが、今年は妻のアドバイスもあり、1カ月程度をかけて減量を行うなど、新たな調整法も取り入れている。今回は結果が出なかったものの今後は欧州での合宿を経て、国内大会へ参戦していくという。変化し続けるレジェンド、この人ならひょっとすれば、もしかしたら……という可能性を感じた初冬の札幌での戦いだった。

(取材・文:石橋達之/スポーツナビ)

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