フェンシング協会が取り組む改革の裏側 太田前会長が推進したイノベーションとは
「イノベーションリーグ」の参加で改革を推進
太田前会長とともに協会のイノベーションに取り組んできた宮脇氏(写真左)と、マーケティング戦略プロデューサーの朝倉氏 【本人提供】
協会のマーケティング戦略プロデューサーを務める朝倉裕貴氏は述べる。
「他社、外部のパートナーの力をぜひ貸していただきたいと思っています。協会の人的リソース、資金的なリソースを見ると、自助努力だけではどうにもならない部分があります。日本全国への普及を目論んだときに、やりたいことはあるけれど、実現できるリソースがありませんでした」
フェンシングは一般生活者から見ると少し敷居が高い競技でもある。軽い興味を持った人がいたとしても「用具の値段が高いのではないか?」「剣が当たったら痛いのではないか?」といった躊躇(ちゅうちょ)があるからだ。
日本フェンシング協会はスポーツ庁の支援も受けつつ、技術を持つ企業とタイアップをして、フェンシングの要素を取り入れた“新競技”を開発しようと動いている。
朝倉氏は言う。
「身近に感じてもらいにくいことが課題でしたが、実際にフェンシングをやっていただくと、ネガティブな印象が払拭される部分もあります。フェンシングの持つ一つの特徴はデジタルな判定ですが、身体に剣先が当たったときにそう判定される。すでに前身となるものは太田会長のもと進んでいましたが、それをさらに進化させようとしていて、防具なしでも気軽にできるものを開発しています。機器もなるべくスモールな形で展開して、地方のショッピングセンターなどと連携しながら、身近に感じてもらえるものを作りたいですね」
スポーツ界のロールモデルへ
日本フェンシング協会は競技の価値向上を目指してスポーツ界のロールモデルを確立すべく試行錯誤を続けている 【Photo by Elsa/Getty Images】
宮脇氏は説明する。
「太田が会長になった1期目の2年間は、意思決定を早くするため、執行部を4名しか選ばなかったんです。よく『なぜ成功したか』とご質問を頂きますけど、決して成功ばかりではありません。トライ&エラーで、どんどん決めてどんどんやって、どんどん修正する日々でした。コミュニケーションも夜中にLINEがばんばん飛んできます。私は外資系の後ベンチャー企業で働いていますけど、本当に変わりがないと感じました」
イノベーションを重んじるカルチャーが根付く上で大きなイニシアチブを発揮したのが、太田会長だ。
「彼にビジネスパーソンとしての経験はありませんが、そのマインドセットはベンチャーの経営者だと思います。彼の行動は極めて戦略的で、経営者として必要な資質を持っている。協会のリソース、イノベーションを起こすためのテクノロジーやスキルが不足している中で、そこを補える人を引き寄せる強い力も持っていました」
朝倉氏もこう続ける。
「(太田会長は)これを実現したいという意思がものすごく強い。自分たちだけではできないことが分かれば、人を引っ張ってくるのも得意です。スピード感を持って(プロジェクトを)ぐるぐる回しながら、とりあえず走ってみる。彼がベンチャーの経営者であるという話は、僕からもそう見えていました」
付言すると日本フェンシング協会の幹部は無給で、朝倉氏もIT企業で勤務しながら副業として実務に関わっている。資金や人材、技術といったリソースの不足はフェンシング界に限った話ではない。スポーツの吸引力を活かしつつ“どう仲間を増やすか”は、多くの競技団体が向き合う課題だ。その部分で日本フェンシング協会の取り組みは他競技、他業界の学びとなる部分がある。
朝倉氏は言う。
「イノベーションの本質はテクノロジーも一つありますが、ビジネスの中で新しい価値をどう見つけていけるかという革新活動だと思います。協会でやってきたテクノロジー以外の改革も、まさにイノベーションです。抽象度を高めていくとスポーツ団体以外、企業に転用できるノウハウが実は協会の中に溜まっていると感じます」
日本フェンシング協会のビジョンにはこうある。
「去年より今年、今年より来年と、常に進化しながら、スポーツ界のロールモデルとなれるように取り組んでいきます。それこそがフェンシング協会の使命だと考えるからです」
理念を固め、意思決定を早め、仲間を増やす――。その先にイノベーションと、フェンシングの価値向上がある。日本フェンシング協会はそうやって“アフターオリンピック”の足場を作ってきた。その実践は、ロールモデルとして広く共有されるべき普遍性を持っている。