フェンシング協会が取り組む改革の裏側 太田前会長が推進したイノベーションとは

大島和人

東京大会後の危機感が生んだイノベーション改革

先の東京五輪ではフェンシングで男子エペ団体が金メダルを獲得したが、閉幕後には別の“戦い”が始まっている 【Photo by Elsa/Getty Images】

 多くのアスリートにとって、東京五輪・パラリンピックは人生最大の目標だったに違いない。そしてさまざまなスポーツ競技団体が、全力で準備を進めていた。もっとも大会後の“戦い”にはまた別の難しさがある。五輪を名目に増えていた国、企業の支援が縮小していくからだ。

 日本フェンシング協会は男子エペ団体が金メダルを獲得するなど、東京大会で成果を出した競技団体だ。加えてその先へ向けた準備に、先手を打って取り組んでいた組織でもある。

 日本フェンシング協会は太田雄貴氏が2017年夏に31歳の若さで会長に就任。北京五輪の男子フルーレ個人で銀メダルを獲得した若きリーダーのもと、改革に取り組んでいた。資金的に恵まれているとは言い難い組織だが、工夫を重ねてイノベーションを果たしてきた。

 協会の専務理事を6月まで務めていた宮脇信介氏は、4年間の戦略をこう説明する。

「足りないものは、持っている人に仲間になってもらう。その力を借りるだけでなく、ウィン・ウィンとなるように恩返しをして、できる限りお名前も出して宣伝をする。足りないリソースはそうやって補って一緒に前に進んでいくという発想です」

 彼は振り返る。

「2017年当時に我々が感じていた明確な問題意識は、とにかくこのままではダメということです。国からの支援が縮小するなど財政状態は明らかに厳しくなっていくから、協会をオリンピックが終わったあとにどうしていくか準備しないといけない。当時は(2020年に予定されていた東京大会まで)3年しかないぞと、太田会長と二人で焦りながらやっていました」

 そのためにイノベーションが必要だった。ただし「何を達成するか?」という方向づけがなければ、どんなテクノロジーやスキルがあってもイノベーションは起きない。太田会長の就任直後に、協会はこのような手を打った。

「経営理念の明確化をまずやりました。来ていただく方、見ていただく方に感動してもらうことに狙いを絞った。感動体験の提供を協会の一番の目的にしようと明確にしたんです。それがその後のイノベーションに対して、重要なポイントになったと思います」

「ショーケース化」した日本選手権

渋谷公会堂(LINE CUBE SHIBUYA)で開催された2019年の日本選手権では、オープニングで映像装置やLED照明を生かした華々しい演出も 【写真:YUTAKA/アフロスポーツ】

 一例が日本選手権の改革だ。従前は地味なイベントだった日本選手権を、2018年は東京グローブ座という劇場で開催した。MCを起用し、映像装置やLED照明を生かして華々しく演出し、ヒップホップダンスなども交えてエンターテイメント化が試みられた。

「剣の動きが速すぎて見えない」というのは、鑑賞ハードルを高めるひとつの要素だ。そこは多數の4Kカメラで剣先の動きを撮影し、AI処理で可視化する「フェンシング・ビジュアライズド」が導入された。これはライゾマティクスリサーチ社との協力関係のもとで、東京五輪での実装を目標に時間を掛けて育まれていた。

 フェンシングは防具に覆われて選手の表情が見えず、選手の緊迫感がわかりにくい。これについては心拍数を表示して選手の消耗、動揺が伝わる機器を導入した。

 観客を増やし、顧客単価を上げることは日本選手権改革の大きな狙いだった。そこで重要だったのはフェンシングの価値を見える化し、パートナ―やスポンサーを呼び込む「ショーケース化」だ。

 2019年の日本選手権は渋谷公会堂(LINE CUBE SHIBUYA)で開催された。チケットの価格帯は3500円から3万円と高額だったが、3198席が完売している。フェンシングの価値向上、ショーケース化が実現していた。

2020年、コロナ禍ならではの工夫で開催

コロナ禍の無観客開催だった2020年9月の日本選手権では、映像技術を駆使した新たな試みも導入してAbemaTVでも配信された 【写真:長田洋平/アフロスポーツ】

 ただし、2020年9月の日本選手権は、コロナ禍の無観客開催だった。となればチケット収入は得られず、ショーケース化の壁も高い。そもそも20年夏はプロ野球やJリーグのリーグ戦こそ開催され始めていたが、全日本と冠する大会を他競技はまだ行えていなかった時期だ。

 日本フェンシング協会はここでも先陣を切った。医学委員会の医師が「唾液がどう拡散するか」といった実験を行い、PCR検査のために会場を診療所として登録するなど、安全性を確認・確保する独自の取り組みを行って開催にこぎつけた。

 無観客ならではの工夫もあった。宮脇氏は説明する。

「(観客席のある)体育館でやる必要はありません。無観客を利用して映像技術を自由に使えるスタジオでやろうということで、少ホールみたいな場所でやりました。イノベーションの固まりみたいな大会だったと思っています。AbemaTVでの放送では、普段通り観客がいたら撮れないカットからの映像を多く流すことができましたし、フェンシング・ビジュアライズド用にカメラをたくさん置くこともできました。今までにない映像体験をご提供できたのではないでしょうか」

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著者プロフィール

1976年に神奈川県で出生し、育ちは埼玉。現在は東京都北区に在住する。早稲田大在学中にテレビ局のリサーチャーとしてスポーツ報道の現場に足を踏み入れ、世界中のスポーツと接する機会を得た。卒業後は損害保険会社、調査会社などの勤務を経て、2010年からライター活動を開始。取材対象はバスケットボールやサッカー、野球、ラグビー、ハンドボールと幅広い。2021年1月『B.LEAGUE誕生 日本スポーツビジネス秘史』を上梓。

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