【深堀圭一郎のKEYTALK】堀川未来夢プロ、プロテストを受けるまでは就職予定だった part1
※リンク先は外部サイトの場合があります
ゴルフとの出会い
ゴルフを始めた年齢ときっかけは?
堀川プロ:
小学校3年生の時に2つ上の兄と父の練習場について行ったのがきっかけです。
深堀プロ:
お父さんとお兄さんがやっているということは、ゴルフは近いところにあったんですね?
堀川プロ:
そうですね。母親はやらないですけど、父と兄と一緒にコースをよく回ったりしていました。
けっこういろいろなスポーツをやっていて、ゴルフは小学校6年生の時に離れて、テニスや水泳をやっていました。本格的にゴルフを始めたのは高校1年生の時でした。
高校はゴルフ部のある高校に入学しました。
公立厚木北高校へ進学
高校にゴルフ部があるから入ったのですか?
堀川プロ:
そうですね。僕の出身校が厚木北高校で公立なんですけど、公立でゴルフ部があるところが少なくて、金銭面的にすごく助かりました。そこでは、斉藤愛璃プロや吉田弓美子プロが出身でした。
深堀プロ:
ということは、校長先生か顧問の先生がゴルフをしていたんですか?
堀川プロ:
顧問の先生が、すごく熱心でした。公立なので、特待生を獲ったりすることができないですよね。でも、口コミでゴルフのやりたい人が集まっていました。口コミで集まった人たちが3年間で上達してがんばって全国大会へ出ようという学校でした。
同級生と楽しくやっていて、練習も高校3年間が1番やったんじゃないかというくらい、朝一番に学校に行って、廊下でパターを1~2時間くらいやってました。授業が終わった後もずっと練習場に行って、その後も家で夜中2~3時までずっとパターの練習をしていました。
楽しくて楽しくてその3年間が上達につながったと思います。
その時のパター練習は、反復かイマジネーションか?
堀川プロ:
当時はとにかく1球でも多く打つ反復練習をやっていました。今は、反復練習より、試合の想定をして練習をしています。今思えば、練習の質はよくなかったかもしれないですけど、500~800ぐらい打って、休みの日は1000球くらい打っていました。
パッティングはパターマットで4~5時間くらいやってました。
ショットよりもパター練習
練習は何が1番多かったですか?例えばショートアイアン、ミドルアイアン、ロングアイアン、ドライバーだったりとあるけれども大体満遍なく?
堀川プロ:
圧倒的にパター練習が多かったです。ショットをたくさんやって、パターを10分、20分やるような人が多いと思うんですけど、僕はパターを4時間、5時間とかやって、ショットは120球くらいしか打たないような時もあります。小技の方が好きですね。
深堀プロ:
そういう練習してたらスコアは伸びてきましたか?
堀川プロ:
みるみる良くなっていきました。毎年毎年同じコースでやる試合が、こんなに優しいコースだったんだと思うようになってきて、更新されるようにうまくなっていくのが楽しみでした。
高校のゴルフ部時代の時に、全国ではどれくらいのポジションでしたか?
堀川プロ:
高校1年生の時は関東ジュニア予選カットとかで、スコアも87でした。日本ジュニアに行った選手が今平周吾選手でした。なので、今平周吾選手は雲の上の存在だったので、この人はヤバいなって思っていました。
プロゴルファーは目指していなかった
その頃から、プロゴルファーっていうのは頭の片隅にありましたか?
堀川プロ:
大学時代から少しずつ成績がでてきて、意識をし始めたのは大学3年生くらいでした。日本大学ゴルフ部に入ったのも就職がしやすいからでした。卒業して、社会に出るには日本大学がいいかなと思っていました。
国体優勝したり、関東アマ優勝したりしてますよね。
堀川プロ:
2回ずつ優勝しています。毎日練習したらちょっとずつ通用するようになってきました。当時は今よりも飛距離はなかったんですが、アプローチとパターだけは自信がありました。
アマチュア時代にプロの試合に6試合出させてもらって、全部予選落ちでした。なので、アマチュアで通用してもプロは別世界だなというイメージだったので、就職しようって思っていました。
プロゴルファーを目指していなくて、大学3年生の時に就職活動していました。家もそんなに裕福ではなく、プロテストにもお金がかかるので、普通に就職活動をしたりしてたのですが、周りの同級生がプロテストを受けるということだったので、プロテストを一度は受けようかなと思いました。そしたら、本当にたまたま受かって・・・
深堀プロ:
プロゴルファーではなく社会に出るための一つの手段としてという感覚だったんですね。
堀川プロ:
そうですね。本当に8割就職する気持ちでした。
- 前へ
- 1
- 次へ
1/1ページ