野中生萌、野口啓代が見せた最高のドラマ 幾多の困難を登り、越えた先にあった輝き

平野貴也

延期、出場権問題……それぞれ乗り越えて

野口は第3種目のリードでメダルに届いた。競技人生最後のクライミングで意地を見せた 【写真:ロイター/アフロ】

 大舞台で苦しい状況を乗り越え、2人ともにメダルを獲得できた事実は、2人が日本の先頭を走ってきた理由が、技術や経験だけにあるわけではないことを示している。野口は、早い段階から、この大会を最後にすると表明していた中での1年延期は酷だったが、見事に底力を見せた。

 これで引退するにもかかわらず、試合後のコメントは「ボルダ(リング)もリードも、もっと登れたんじゃないかと改善点ばかり見つかる。自分のクライミングには納得いかない。もっとここがこうだったとか」と、まるですぐに次の大会に向かう選手のようだった。求道者のような姿勢が、自身の好成績を生み出すだけでなく、まだ競技としての普及が始まったばかりの世界で、後続の若手を正しい方向に導いてきた。

 その野口に「彼女がいるだけで、いつも彼女を超えていこうというものが見えていた。いてくれるだけで、頑張れていました」と敬意を示した野中は、19年の世界選手権で日本勢2番手の5位となった後、出場権獲得に関する問題に振り回された(※国際スポーツクライミング連盟と日本山岳・スポーツクライミング協会がそれぞれに定めた規定に差異が生まれ、スポーツ仲裁裁判所(CAS)の判断が下されるまで、出場権確定が1年以上も宙に浮いた)。

 試合後のメダリスト会見で、海外の記者からこの件について質問を受けた野口は「すごくつらくて、厳しい思いをしてきていたと思う。その中でしっかりと五輪に向けて調整して、最後、メダルを一緒に獲得できた。生萌の精神力、五輪に懸ける思い。ルールに左右されるような出来事があった中でも頑張ってきた姿勢をすごくリスペクトしています」と野中を称えた。その最中、野中は、両手の指を目元に差し込むような仕草で「そんなこと言ってもらったらうれしくて泣いちゃうよ」とでも言いたげな表情を見せた。

3種目複合の魅力、難しさは伝わった

日本のスポーツクライミングをけん引してきた野口と野中。壁を乗り越えた先に、最高の笑顔が輝いた 【スポーツナビ】

 自国開催で注目を集めた五輪で初めて採用された新競技。そこで、日本が誇る2人のクライマーが世界の最前線で戦い、心技体のすべてを尽くして、ともにメダルを獲得した。その姿は、間違いなく、この競技の普及を促進する。3種目複合という過酷な方式だったが、その中で戦いきれたことにも意味がある。

 スピードの準決勝で野口を破ったアレクサンドラ・ミロスワフ(ポーランド)は、決勝戦で15メートルの壁を世界記録となる6秒84で登る早業を披露。そして、彼女がボルダリングではノーポイントの大苦戦となり、すべての種目で地道にポイントを稼いだ日本勢が最後は上位に入った。

 そして、2人の先を行ったのが、18年、19年と世界選手権の複合を連覇しているスロベニアのヤンヤ。スピードでは、自己ベストをたたきだして5位。ボルダリングでは2つの課題を完登する技巧を見せつけて1位、リードでも1位と文句なし。

 種目ごとの魅力の違いや難しさ、世界にどんな選手がいるか。そういったことも2人の活躍によって、見ている人に伝わったはずだ。ともに日本でスポーツクライミングという競技の先頭を走り、広めてきた。表彰台でメダルを掲げた2人の笑顔は、幾多の困難を登り、越えた先にあったまぶしい輝きだった。

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著者プロフィール

1979年生まれ。東京都出身。専修大学卒業後、スポーツ総合サイト「スポーツナビ」の編集記者を経て2008年からフリーライターとなる。主に育成年代のサッカーを取材。2009年からJリーグの大宮アルディージャでオフィシャルライターを務めている。

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