野中生萌、野口啓代が見せた最高のドラマ 幾多の困難を登り、越えた先にあった輝き

平野貴也

「2人でメダルを取れてうれしい」

表彰台には左から野中生萌、ヤンヤ・ガルンブレト、野口啓代が並び、互いの健闘を称え合った 【写真:ロイター/アフロ】

 世界の女王を挟んで、向かって左に野中生萌(XFLAG)、右に野口啓代(TEAM au)。表彰台は、この日の試合結果だけでなく、日本のスポーツクライミングをけん引してきた2人に賞を与える場のように見えた。

 東京五輪で新たに採用されたスポーツクライミング競技は6日に最終日を迎え、女子複合決勝で野中が銀メダル、この試合で現役を引退する野口が銅メダルを獲得した。野中が「日本人女子2人でメダルを2つ獲得したのは、本当に素晴らしいこと。うれしく思っています」と話せば、野口も「ずっと2人で日本のクライミングを引っ張ってきたというか、頑張ってきて、2人しか出られない五輪で、2人でメダルを取れてうれしく思いますし、私にとって競技人生最後の大会だったので、メダルを取れて良い思い出というか、最高の締めくくりになったと思っています」とそろってメダリストになれたことを喜んだ。

第1種目のスピードでは3位決定戦で日本人対決が実現。野中(右)が競り勝った 【写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ】

 意地と底力で上(のぼ)った表彰台だった。今大会の複合は、スピード、ボルダリング、リードの3種目を1日で行い、それぞれの順位を掛け算して、数字の小ささで最終順位を決める方式。最初のスピード種目は、トーナメントの勝ち抜き方式。ともに準決勝で敗れた後、3位決定戦では直接対決。序盤にリードを奪った野中が逃げ切り、左手でゴールパッドをたたいて先着し、勝利を収めた。

 初採用の競技は、見る人に競技そのものを伝える役割を持つ。実際にその日の夜のニュース番組では、この場面が使われていたが、日本勢対決は分かりやすいワンシーンとなる。そのことについて野中に聞くと、「それ、私も思いました。見ている側は多分、面白いだろうなって。でも、正直、つぶし合いではあったので、楽しくはできてなかったんですけど、そこでも彼女がいることで私のメンタルが揺さぶられますし、その中でしっかり勝てたのは良かったです」と笑った。

 2008年の日本人女性初のワールドカップボルダリング種目初優勝など、日本から世界を狙うトップクライマーとして活躍してきた野口を追いかけ、追い越そうとする野中。その縮図のような場面だった。

ボルダリングで見せた意地が最後に生きる

第2種目のボルダリングは苦戦を強いられたが、野中は最後の第3課題でポイントを稼いだ 【写真:松尾/アフロスポーツ】

 第2種目のボルダリングは、2人に試練を与えた。難度の高い3つの課題で完登を争うもので、2人が得意とする種目だが、ともに完登ゼロ。それでも、粘って通過ポイントとなるゾーンと呼ばれるホールドにたどり着いて、ポイントを獲得していった。

 特に、追い込まれた野中が最後の第3課題で意地を見せた。第1課題はポイントなし、第2課題はゾーン到達までに試技が4回重なった。ゾーンに到達したポイントは試技回数の少なさが評価対象となる。しかし、第3課題は最初の試技でゾーンに到達。「第1課題で後半に引きずるようなスタートを切って、第2課題もトライ数が重なり(痛めている)右ヒザの状態も悪くなって、完全に悪い流れ。でも、諦めない気持ちで、第3課題のゾーンを一撃でいけたのがメダルにつながった。これで救われた」とメダル争いに生き残った。

 そして最終種目で到達した高さを競うリードでは、野口が魅せた。精いっぱいに伸ばした足をホールドに引っ掛け、次のホールドへ飛びついていく様に、関係者で埋まった地上の席から拍手が沸いたが「3種目目ですごく疲れていて、聞こえなかった。自分の登りしか考えていなかった」と神経を研ぎ澄ませていた。ボルダリングで順位を上げられず、メダルは絶望的だと思っていたというが、競技人生最後のクライミングに意地を見せた。

 2人が第2種目、第3種目でもぎ取った順位が最後に生きた。最後の1人を残して野中はメダルが確定。ラストのソ・チェヒョン(韓国)がリードで1位になれば、野口は総合4位となるシチュエーションで、ソが勢いよく壁を登ったが、女王ヤンヤ・ガルンブレト(スロベニア)の記録にわずかに届かず2位。ヤンヤが優勝、野中が2位、野口が3位と最終順位が決定。抱き合って喜ぶ2人の日本人にヤンヤも加わって3人で抱き合い、健闘を称えた。野口、野中が日本をけん引し、世界で戦ってきた、これまでの経緯が詰まったシーンだった。

「2人の表彰を見て、久しぶりに泣きました。最高でした」と賛辞を惜しまなかった日本代表の安井博志監督は、その戦いぶりの評価と印象を次のように振り返った。

「非常に厳しい戦いでした。スピードは、予定通りの3位と4位。ボルダリングで加速させるかというところだったが、課題が合わなくて、野中は第1課題で何もできなかった。これは、どうなるんだろうというところで、ゾーンを獲得した。今までは封印していた捨て身のヒールフック(かかとを引っ掛けて登る技)を出すくらい気合いが入っていました。

 コンバインド種目は、1人で3種目。最後のリードに必要な持久力と気力が残っているかが勝負。野口の現役最後の登りは、心を打たれる、絞り出せるような素晴らしい力が最後まで残っていたし、落ち着いていた。2人の相乗効果で、2位、3位をよく取ってくれた。本当に今日はドラマだった。こんなのがあるのかと思いました」

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著者プロフィール

平野貴也

1979年生まれ。東京都出身。専修大学卒業後、スポーツ総合サイト「スポーツナビ」の編集記者を経て2008年からフリーライターとなる。主に育成年代のサッカーを取材。2009年からJリーグの大宮アルディージャでオフィシャルライターを務めている。

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