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平野歩夢が二刀流挑戦で得たものとは?
「楽しさ」の裏側にあった孤独な闘い

誰もやっていないことの難しさ

冬季五輪スノーボードハーフパイプで2大会連続銀メダルの平野歩夢が、夏季五輪の新種目スケートボードパークに挑んだ
冬季五輪スノーボードハーフパイプで2大会連続銀メダルの平野歩夢が、夏季五輪の新種目スケートボードパークに挑んだ【写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ】

 二刀流の挑戦は、何をもたらすのか。一つの挑戦を終えたボードライダーは、半年後に控えるもう一つの大舞台で答えを探す。東京五輪のスケートボード男子パークが5日、有明アーバンスポーツパークで行われ、冬季五輪スノーボードハーフパイプで2大会連続銀メダルの平野歩夢(TOKIOインカラミ)は予選全体14位で8位には届かず、決勝には進めなかった。それでも、2本目の試技では、高さのあるフリップインディを決めて会場を沸かせ、終盤には空中に飛び出して1回転半する540も決めるフルメイクで62.03点をマーク。点数以上に存在感を放ってみせた。


 平野が「高さとか回しは、スノーボードをやってきた側として、武器にしなきゃなっていう(笑)唯一の部分でもあるので、そこはちょっと……」と演技を振り返っていると、ついさっき、取材エリアもスケートボードで滑走していったハイメ・マテウ(スペイン)が戻ってきた。彼も10位で決勝進出を逃したが、とびきりに明るい。取材対応中の平野に抱きつき「アイラブユー、アユムー!」と叫んだかと思えば、その後も近くのボランティアスタッフに絡むなど、ひとしきり明るく暴れ回っていった。少し混乱気味の平野は「ふふふ、なんでしたっけ? ああ、そこは自分のスケボーで唯一、スノーボードとつながる部分であったり、スピード感というのは意識したいなと思って、その辺を今回は最大限に出せたかなと思います」と話を続けた。笑う余裕があるようで、ない。大きな挑戦を終えたというのに、まだリラックスモードにはなり切れていない。そんな雰囲気を感じた。


 冬季五輪メダリストの夏季五輪挑戦。話題性は抜群だが、決して容易ではない。単純にスノーボーダーがスケートボードに取り組む際、別競技としての難しさがあるというだけではない。取り組んでいることに良い成果が出ない。それなのに、またスケートボードに向かうことで、本職のスノーボードに対する不安も膨らんでいくのだ。正しく両立するための苦しみは、その対処法を相談するのに適した経験者も存在しない。孤独な戦いでもある。夏季競技への挑戦は苦しかったかと記者に問われた平野は、こう答えた。


「最初は、3年前くらいに、ちょっと頑張ってみようかな、挑戦してみようかなと思って、やってはいたんですけど。やっぱり、それなりに失うものというか、やってきたことを離れていた期間でもあったので。やっていくうちに、誰もやっていないことの難しさだったり。人がやっていないことって、こんなに大変なんだなって改めて実感していた時期は、ちょこちょこあるので。つらく苦しい時期というのはある中だったんですけど、人のやっていないことを選んだわけなので。それで、この場に今では立てたというところで考えると、本当に、このスケートボードの場が、確実に今の自分を強くさせてくれたと思うので、全然、そこに対しては、悔いなく今日を終えられたかなという気持ちですね」

楽しさを得るための努力は、決して容易ではない

決勝には進めなかった平野だが、悔いはなし。半年後には北京冬季五輪に挑む
決勝には進めなかった平野だが、悔いはなし。半年後には北京冬季五輪に挑む【写真は共同】

 勝ち負けより自分が納得できる表現がしたいと思っていた、とも話した平野の姿は、これまでに競技を行ってきたアーバン系(都市型)新種目の出場選手が、その明るい文化を伝えようとしているところに通じるものがある。今大会は新種目に多くの有力日本人選手が登場して注目されたおかげで、新時代のスポーツが持つ、順位や点数ばかりにとらわれず、自分が磨いてきた技を出し合い、たたえ合うといった悲愴(ひそう)感のない競技会の雰囲気が、日本人が持つ五輪やスポーツのイメージに新たな刺激をもたらしている。試合が終わって順位が決まっても、笑顔でたたえ合う彼らの生み出す空気感は、4年に一度、金と銀では大違いの人生を懸けた大一番……といった重圧からはほど遠い。


 ただ、ギャップがあるために、楽しさや明るさばかりが強調されがちだが、新種目もやはりスポーツであり、競技。楽しさを得るための努力が、決して容易なものでなく、ときに険しく、それを乗り越えてきた者だけが、人々が熱狂し得るパフォーマンスを可能にするという点では、これまでの競技と異なるのではなく、見る、接する角度を変えているに過ぎない。深く知るスノーボードという一つの世界から飛び出し、スケートボードという似て非なる競技にも挑戦することで、今までは若さの中で自然と乗り越えてきたことの難しさに、改めて触れているのではないか。演技後の平野のコメントから、そんなことを感じた。


 そして、その難しさを知る挑戦は、まだ終わっていない。夏季五輪への挑戦は、続く冬季五輪への挑戦を今まで以上に難しくするものでもある。

「また、この後もすぐスノーボードに切り替えて。そっちもそっちで、ずっとスノーボードから離れている期間がちょこちょこあるので。やっぱり周りのレベルも高いし、半年でどこまでやれるのかという。また、これもチャレンジかなと思っていて。終わっても終わってないみたいな、挑戦の流れではあるのかなと思っています」(平野)


 2022年2月、北京冬季五輪。1年延期によって半年前まで夏季競技に取り組むことになったのは大誤算だ。それでも、この挑戦が自分を強くしてくれたと平野は言う。予選終了後、東京五輪の挑戦を終えた感想を聞かれると「楽しく、自分の滑りができて終われたので、本当に悔いなく、この場に立たせてくれた環境だったり周りの人たちに本当、ありがたいなという気持ちが一番大きいです」と話した。「楽しさ」という表面に存在する裏側が垣間見えた夏季五輪への挑戦だ。その経験を持って、誰も知り得ぬ難しさと対峙(たいじ)し、その先に楽しさを伝える演技がある。半年後、より難しくなってしまった挑戦の中で、彼は楽しむことを忘れず、楽しませることも忘れず、自分自身の演技をやってのけるだろうか。

平野貴也
平野貴也

1979年生まれ。東京都出身。専修大学卒業後、スポーツ総合サイト「スポーツナビ」の編集記者を経て2008年からフリーライターとなる。主に育成年代のサッカーを取材。2009年からJリーグの大宮アルディージャでオフィシャルライターを務めている。

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