大山・中山夫妻の「神がかり」な射撃 病気も乗り越え、手にした確かな満足感

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「明日引き金が引けなくなっても……」

混合クレー・トラップ予選を終え、涙ながらに抱き合う大山(左)と中山 【写真は共同】

 メダルをかけた最後の戦いに向けて、泣いても笑ってもこれが最後の一発。中山由起枝(日立建機)が放った弾丸は、左に流れていくクレーを見事に捉えた。渾身(こんしん)の試技を終え、パートナーである大山重隆(大山商事)と涙を流して抱き合った――。

 31日に行われた射撃の混合クレー・トラップは、この東京大会から五輪に採用された種目だ。中山は2000年のシドニー大会で初出場し、今大会が5度目の五輪出場となる、42歳のベテラン。パートナーを務める3歳年下の大山は、昨年3月に中山と結婚した、競技と人生の相棒である。横1列に並んだ5つの射台から、空中に放たれる直径11センチのクレーと呼ばれる陶器を散弾銃で撃ち落とし、その合計数を競うこの競技。中山が19位、大山が最下位の29位に終わった個人戦から2日が経ち、2人は息を合わせて巻き返しを誓った。

 まずは大山が試技を行い、すぐ後に隣の中山が続く。第1ラウンドで大山に2度ミスが出たが、中山の心は揺るがず、ノーミスの25点でカバー。ガッツポーズを見せると、「大丈夫だよ」と鼓舞するように夫をハグし、勇気づけた。第2ラウンドは中山が1ミスの24点、大山が2ミスの23点となり、この時点では10位で最終ラウンドに突入。責任を感じていた夫は「『男として何やってんだ』という気持ちが強くなった。(中山)由起枝さんから離れて、1人で猛省しました」。必死の思いでメンタルを整え直し、迷いを吹っ切って挑んだ末に、最高のパフォーマンスが待っていた。

「実は(大山の射撃の)発砲音とブザーの音しか聞こえないので、どういう射撃をしているか見えないんです。でも、(射台の)5番から1番に移動する時にアイコンタクトをして、『大丈夫だ、いける』と確認していました」と中山。その言葉通り、最後まで互いを信頼して標的となるクレーを狙い続けた。第2ラウンド終了後に気持ちを切り替えた大山が全てのクレーを撃ち落とし、バトンを渡す。それを受け取った中山は、冷静な仕草で最後の引き金を引き、こちらもパーフェクトで試技を終了。最後の最後に夫婦そろって25点満点をそろえ、これ以上ない幕切れを演じた。

 結果は3位決定戦の進出ラインまでわずか1点足りず、計145点の5位。惜しくもメダルには届かなかったものの、目標としていた得点ラインに到達し、中山はかみ締めるように語った。

「きょうの3ラウンドは『ぶっ倒れてもいい、明日引き金を引けなくてもいい』というくらいに全力で撃ち抜きました。精神的にも追い込まれていましたが、自分の気持ちが勝ちました」

 夏季の女子では史上3人目となる5回目の五輪に、ありったけの精神力と集中をつぎこみ、その先にある確かな満足感を手にした。

射法を修正し、脳手術の影響を克服

試合後には脳手術という驚きの事実を語ってくれた中山。最終射撃はノーミスで終えた 【写真は共同】

「神がかり的なものがありましたね」

 中山の射撃を最後まで見守った日本代表の永島宏泰監督は、そう振り返りながらサングラスの奥に涙を光らせた。そして、その理由をこう語った。

「あの子は2010年に中国で行われたアジア大会で優勝しているんですが、その時も二の矢(2発目の射撃)が、本来であれば外れていくはずのクレーが弾の軌道に入ってきたことが3回ほどありました。それは技術だけではなく、周りの力というか、その神がかりな力がまたあったね、と話していました。本当にいい射撃をしてくれたから、そうした力が後押ししてくれたんだと思います。選手には感謝しかないですね」

 実は、監督と選手2人が涙を流した理由がもう1つある。中山は取材エリアで「こないだの個人戦で言わなかったことをお話します」と切り出した後、驚きの事実を語り出した。

「去年、脳の手術をしていました。脳神経に異常が生じていたんです。リハビリとトレーニングを積んでいく中で、本当にいろいろな人に支えてもらった。本当に八方塞がりで、舞台に立つことはかなり厳しいと思っていたんですが、みんなで私を救ってくれました」

 5月に本大会と同じ陸上自衛隊朝霞訓練場で行われたテスト大会に参加した時は、直前の練習まで1ラウンドで10点台を連発しており、もし補欠の選手に敗れたら代表を辞退するつもりだったという。手術の影響でイメージと実際の発射にタイムラグが生じ、その誤差に苦しみ続けた。それを克服するために射法を変え、通常よりも引き金を引くタイミングを遅らせた。「早く撃つ必要はない。しっかり自分のタイミングで撃てばいい」。弾をセットし、気持ちを整え、ゆっくりと構えて、撃つ。最後に笑顔で終わることができたのは、その全ての動作に心を込めていたからこそだ。

 いつも隣に居続けたパートナーの大山も「一時は引き金が引けなくなるくらいだったのに、本当に頑張ってくれました」と、全てを出し切った妻をねぎらった。

娘からのメッセージが感じさせた3人の絆

 他の首都圏で行われている種目と同様に無観客で開催されたこの競技は、テレビでも試合の様子を中継されることはなかった。ファンが情報を知る術はスコアの速報しかなく、冒頭で触れた心を揺さぶられる光景は、わずかな関係者しか見ることができなかった。

 ただ、現地には来られずとも、中山の1人娘である芽生さんからは、戦いに臨む2人に向けて熱い激励が届いていた。

「大好きなママと重ちゃん(大山)へ。計り知れない苦悩を越えて努力を重ねてきた2人なら、最後まで楽しくプレーできるはず。そう信じています。同じ空の下でつながっています、声援が届くといいな!」

 中山がシドニー五輪に出場した後に出産し、シングルマザーとして育てた後、大山という新たなメンバーが加わった。芽生さんが「不思議な家族の形」と表現した3人の間に生まれた絆。笑顔でメッセージを紹介する夫婦の表情が、その強さを感じさせた。

(取材・文:守田力/スポーツナビ)
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