先制点を阻んだ初回の上野のベースカバー あのプレーが日本に金メダルを引き寄せた

YOJI-GEN

前日にサヨナラ負けを喫したアメリカを相手に2-0で勝利。13年前の北京大会に続き、日本が金メダルを勝ち取った 【Getty Images】

 ソフトボール日本代表が決勝で宿敵アメリカを破り、見事金メダルを獲得した。シドニー五輪の銀メダリストで、現在は淑徳大学ソフトボール部の監督を務める増淵まり子さんは、この歴史的勝利をどう見たか。増淵さんが一番のポイントとなったプレーとして挙げたのが、いきなりのピンチを迎えた1回裏に大エース・上野由岐子が見せた守備だ。
 

6回裏の神懸かったゲッツーは偶然ではない

6回裏、滅多に見られないビッグプレーが日本に生まれる。チデスターが放った強烈なライナーをサードの山本がグラブに当て、それをバウンドさせることなくショートの渥美が捕球。飛び出していた二塁走者を刺し、ダブルプレーを完成させた 【Getty Images】

 6回裏のゲッツー。あの瞬間に金メダルを確信しました。

 1アウト一二塁で、アメリカの打者は三番の(アマンダ)チデスター。次の(バレリエ)アリオトまで回ると嫌だな、と思っていたんです。日本は前日の試合でタイムリーを打たれていますし。ここはゲッツーしかない、そう思って見ていました。

 その通りゲッツーを取って無失点で切り抜けましたが、それにしてもまさかあんな形で取るとは……。イメージしていたのは、後藤(希友)が右打者のインコースを突き、ゴロを打たせてのゲッツーです。それがまったく違っていた(苦笑)。サードの山本(優)がライナーを弾いて、それをショートの渥美(万奈)が直接キャッチするなんて予想できるはずがない(笑)。まさに神懸ったプレーでした。

 でもあのプレーは、決して偶然生まれたわけではありません。サードの山本はライン際ではなく、三遊間を意識した位置にポジションを取っていました。後藤がこういう場面で右打者に対したときは、どういう攻めをして打球がどこに飛んでくるか。そのことを分かっていたからこそ、三遊間寄りに守っていたはずです。

 あの打球を山本が止めていなければ1点入っていたかもしれないですし、二塁走者が三塁で止まっていても満塁でアリオトですから、どうなっていたか分かりません。勝負を決定づけたビッグプレーでした。

 ですが、このゲッツー以上に重要なプレーだったのが、初回の上野(由岐子)のホームへのベースカバーです。1アウト三塁で下系(低め)のボールをキャッチャーの我妻(悠香)が後逸しましたが、上野が素早くホームに走って三塁ランナーをアウトにしました。あそこで先制点を与えなかったのが、なによりも大きかった。バッテリーエラーですし、もし点を与えていたら、日本にとっては嫌な流れになっていたと思います。それにしても、上野のベースカバーは驚異的な速さでした。

 ソフトボールでは通常、ああいう場面はサードかファーストがベースカバーに入ります。でも上野は、いつだって野手よりも早くホームベースにカバーに入る。日本リーグでもそうです。絶対に点を与えない、その思いが強いからでしょう。誰よりも早くカバーに入って、ケガを恐れずに体を張ってブロックするんです。普段からずっとやり続けていたからこそ、オリンピック決勝という大一番でそれができたのだろうと思います。

 上野のそうした姿勢は、後輩の選手たち、そしてソフトボールをしているすべての人に大きな影響を与えると思います。
 

決勝のためにとっておいた球かもしれない

ピッチングはもちろん、その卓越した守備でも勝利に特大の貢献を果たした上野。日本の大エースが、自身の集大成となる試合で最高のパフォーマンスを見せた 【Getty Images】

 ピッチングはもちろんですが、初回のベースカバーをはじめ、この試合では上野の守備力がすごく光りました。2回にピッチャーゴロでゲッツーを取った場面、5回に一塁側への打球を止めてそのまま自分でファーストに走ってアウトにした場面では、フィールディングが素晴らしかった。

 4回の日本の先制点は、大きく弾んでピッチャーの頭を超える渥美の内野安打で生まれましたが、あの打球は上野だったら捕っていたはずです。それくらい上野の守備力は高い。もちろん、相手投手のボールにとにかく食らいついて、内野安打にした渥美も素晴らしかったと思います。

 この試合の上野は、ピッチングに関しては下に沈む球を効果的に使っていました。もしかすると、あのボールは決勝のためにとっておいたのかもしれません。これまでの試合でも試していたと思いますが、少なくともここまで多投はしていなかった。アメリカの長打を警戒して、下へ下へというのを意識して投げているように見えました。

 6回に先頭打者に打たれたところで後藤に交代しましたが、7回の最初からリエントリー(ソフトボールではスタメンの選手は一度交代しても再出場できる)で再びマウンドに立ちました。降板したピッチャーがもう一度投げるというのは、みなさんが考えている以上に難しいことです。上野は6回にマウンドを降りるときも、最後は自分が行くという気持ちだったのだと思います。だからこそ、ベンチでも集中を切らさず、最終回に再びマウンドに上がったときもあれだけのピッチングができたのではないでしょうか。

 6回のノーアウト一塁の場面で後藤を投入したこともそうですが、最後を上野に託した宇津木麗華監督の采配も素晴らしかったと思います。選手を信じ、選手もその信頼に応える。日本にとっては最高の試合でした。

 最後に最高の試合をして最高の結果を手にしたわけですが、このオリンピックを通じて、多くの人にソフトボールの魅力を知っていただけたと思います。チームの全員が力を結集し、金メダルを勝ち取った今回の日本の戦いが、ソフトボールの活性化に必ずつながると、そう信じています。

(企画構成/YOJI-GEN)
 

増淵まり子(ますぶち・まりこ)

ソフトボールの元日本代表選手。東京女子体育大学3年時の2000年に、チーム最年少メンバーとしてシドニー五輪に出場。決勝のアメリカ戦を含む2試合で先発投手を務めるなど、日本の銀メダル獲得に貢献した。大学卒業後は実業団のデンソーでプレー。現役を引退した現在は、淑徳大学教育学部こども教育学科助教としてソフトボールのピッチングのメカニズムなどを研究し、同大学のソフトボール部監督も務める。2020年には日本ソフトボール協会の理事に就任。1980年1月24日生まれ、栃木県出身。
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