0.1差の銀メダルは未来への輝かしき宣言 偉大な選手の時代から、頼もしき次世代へ

平野貴也

漂わせたのは悔しさをまとった誇り

体操男子団体で銀メダルを獲得し表彰式でポーズをとる(左から)谷川航、北園丈琉、萱和磨、橋本大輝の日本チーム=有明体操競技場 【共同】

 4人は、キングの後ろではなく、前を歩く。メダルの色も、点数も超越した渾身(こんしん)の演技で、新世代の体操ニッポンが存在感を示した。

 26日に行われた東京五輪の体操男子団体決勝、日本の最終演技者となった橋本大輝(順大)が鉄棒で終末技の着地を鮮やかに決めると、その素晴らしさに、無観客の有明体操競技場に大会関係者の拍手が鳴り響いた。ゆか、あん馬、つり輪、跳馬、平行棒、そして鉄棒。各種目に3人が臨み、計18回の演技を行って、大きなミスなくやり遂げた。その難しさを知っているからこそ、橋本の演技を見守った仲間は、まだ得点が出ていないにもかかわらず、感動して抱き合った。
 記者席からその様子を見ると同時に、ゆかで演技を行うロシア五輪委員会チーム(以下、ROC)の世界王者ニキータ・ナゴルニーに視線を移す。橋本の会心の演技で、競っていた中国を上回ることは間違いない。残るは、首位を走るROCに届くかどうか。橋本の得点は、15.100。日本の最終得点は、水鳥寿思強化部長が設定した262点台の優勝ラインに乗る262.397点となり、中国を抜いた。

 ナゴルニーの演技が14.563点に届かなければ、自国開催で五輪連覇の快挙だ。ナゴルニーの演技が終わる。神妙な面持ちのROCの選手たちと同様、誰もが電光掲示板に集中した。表示されたのは、14.666点。ROCの選手は突っ伏して喜び、日本は萱和磨(セントラルスポーツ)が崩れ落ちた。金メダルのROCとわずか0.103点差、日本は銀メダルを獲得した。

 惜しい、善戦、あと一歩――そんな表現が思い浮かびそうだが、試合を終えたチームが漂わせたのは、悔しさをまとった誇りだった。水鳥強化部長は「本当に僕らが持っている力は、出し切ることができて、本当に良い演技を世界の皆さん、日本の皆さんに伝えることができたと感じました。これだけできたら勝てるかなと思った、これで勝てないんだと感じました」と複雑な心境を明かした。

 目指した演技をやり遂げた達成感に、届かなかった0.1点の悔しさが覆いかぶさっていた。しかし「これ以上ないところまではできていた。僕が、これで届くと思っていたところが、届かなかった0.1だと思っている」と責任を受け止める言葉を発したときでもなお、悔しさに消されないほど、選手を誇りに思う気持ちがあふれていた。

18演技ノーミスは大きな意味を持つ

男子団体総合決勝 最終種目の鉄棒で着地を決める橋本大輝の連続合成写真(左から右へ)=有明体操競技場 【共同】

 体操界のキングと呼ばれる内村航平(ジョイカル)という大黒柱が2018年から団体チームを抜け、成績は低迷。東京五輪は苦戦必至の状況にあった。「内村がいないと……」という見方をされることを誰もが感じ取っていたはずだ。しかし、萱や谷川航(セントラルスポーツ)がチームを引っ張り、コロナ禍で五輪が1年延期となった期間に、橋本や今回が初代表の北園丈琉(徳洲会)といった次世代が台頭し、世代交代が急速に進んだ。

 最初のゆかで、負傷明けの北園が14.600点を取って、相手にプレッシャーをかけると、そこからノーミスの演技が続いた。前半3種目を終えて、異なるローテーションで演技を行っているROCが132.304点で首位。日本は、2.7点差を追いかける状況だったが、同じ種目を行っている3位の中国と0.002点差という緊迫した展開だった。

 後半最初の跳馬は「点数が見えてしまって、だいぶロシアが来ているなと思っていた。勢いをつけたいと思っていた」という谷川が、リ・セグァン2を跳んで、ビタッと止まる美しい着地。この日、日本勢で最初の15点台をマークし、追い上げのギアを入れた。続く平行棒では萱と北園が15点台。ROCにプレッシャーをかけた。

 極めつけが、橋本の鉄棒だった。離れ技を次々に決め、見守る仲間のボルテージが上がる中、パーフェクトな着地。同時に跳ねるように喜んだ萱が「最後の方は、点数というより、18演技を(大きな過失なく)つなぎたい気持ちが強かった」と話したが、チームの思いは、それをやり遂げるという思いに集約されていた。

 世界の頂点に立てる、新生・体操ニッポン。それを、18演技ノーミスという驚異的なリレーで証明することは、東京五輪で金メダルという目標に向かうだけでなく、もう一つ、大きな意味を持っている。

 世界選手権では、18年、19年と優勝した中国やロシアに約3点の差をつけられていた。「大きな差を開けられて、このままでは東京五輪は確実に3位だろうという状況の中、この2年で若い選手が本当にここまでやってこれたというのは、これ以上ない努力だったと思います」と振り返った水鳥強化部長は、少し涙ぐんで唇を震わせた。この10年を引っ張ってきた内村がいない時代の到来。そこに立ち込めていた暗雲を振り払い、次なる時代の新しい輝きを放つ挑戦でもあったのだ。

内村がいなくても…世界の頂点に立てる

キング内村の時代にも負けない輝きを。新世代の挑戦は始まったばかりだ 【写真は共同】

 試合を終えた選手が次々と「これが、今の最強メンバーなので」といった表現を使ったあたりにも、偉大な選手の時代に引け目を感じない自信とプライドを感じた。厳しい代表選考の中でしのぎを削った仲間と刺激し合って、成長してきた自負がある。中でも、今大会の予選で個人総合1位となり、個人でも総合と種目別で金メダルを狙う新エース、橋本の言葉には、次世代を担う意気込み、責任、覚悟のすべてが詰まっていた。

「内村さんがいないとか、誰がいないとか言ったら、そんなの毎年。五輪は、4年に一度。誰が出ても、五輪っておかしくない。誰が出ても、誰がどんな演技をするかというのは、毎年違っていると思う。五輪、そんなに毎年(毎回)同じじゃ面白くないだろ、みたいな。それぐらい、日本というか、世界の層も厚くなってきている。また僕が4年後(※3年後)に出る頃には、し烈な代表(争いの)レースが待っていると思うので、ワクワクしかないかなと思います」

 この日、会場に「キング」の姿はなかった。内村がいない。しかし、萱がいる、谷川がいる、橋本がいる、北園がいる。

 萱は「内容は、4人総括して金メダル。でも、結果は銀メダル。この現実を受け入れないといけない。僕たちは、やるべきことはやった。ただ、ロシアが強かった。もうすでにパリを見ている自分がいます」と届かなかった0.1点の先への再挑戦を表明した。北園も「パリでは絶対に金メダルを取りたいと強く思いました。僕が引っ張っていく気持ちを持って、これから頑張りたい」と続いた。

 東京五輪で0.1点差及ばなかった銀メダルは、内村がいなければ頂点を取れないなどという結果では決してない。次世代も世界の頂点に立てること、これからもその争いの中で成長していくことの輝かしき宣言だ。
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著者プロフィール

平野貴也

1979年生まれ。東京都出身。専修大学卒業後、スポーツ総合サイト「スポーツナビ」の編集記者を経て2008年からフリーライターとなる。主に育成年代のサッカーを取材。2009年からJリーグの大宮アルディージャでオフィシャルライターを務めている。

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