東京五輪は「前例のない対応力勝負」 サッカー男子代表、焦らず、惑わず

平野貴也

キックオフの2時間前まで試合開催が不透明

無観客で開催されるサッカー男子1次Lの初戦を前に、整列する日本(左)、南アフリカの両国イレブン=味の素スタジアム 【共同】

 特殊な状況だからこそ、トップアスリートのすごみを感じる大会になるかもしれない。東京五輪の競技開始2日目、サッカー男子「日本vs.南アフリカ」の一戦は、試合が実施されるか、されないか。キックオフの2時間前まで、そんな報道がなされていた。

 南アフリカは選手村に入村後、選手2人とスタッフ1人の新型コロナウイルス感染が確認され、18人が濃厚接触者に認定された。大会規定により、試合開始6時間前のPCR検査で陰性が証明されれば出場が可能だが、13人以上の選手が登録できなければ、国際サッカー連盟の判断に委ねられるという形になっていた。6時間前に検査を行い、どれほどの時間で結果が出るのか。今は、どういった進行状況なのか。まったく分からないまま、同会場で先に行われる「メキシコvs.フランス」の試合が開始された。

 第2試合の「日本vs.南アフリカ」が実施されるという報道を確認したのは、第1試合の前半を終えた後だった。日本は、実施されない可能性が浮上している試合に向けて準備する難しさを抱えたはずだったが、選手の反応はたくましかった。オーバーエージで招集されて2度目の五輪挑戦を迎えたMF遠藤航は「コロナ禍であることは理解していた。ある程度、アクシデントが起こる中で準備はしていた。チームとしては、焦りやニュースに惑わされることはなかった。個人的にもある程度、予想できていた」と試合後の記者会見で淡々と振り返った。ともに登壇して先に話を終えていた森保一監督が、聞きながらうなずいていたのが印象的だった。

すべての条件に対応するのみ

冨安健洋の負傷欠場によりセンターバックに入った板倉滉だが、安定感のあるプレーでチームの無失点勝利に貢献 【写真は共同】

 そもそも、チームにとって難しいのは、コロナ関連のことばかりではない。単純に、大きな大会の初戦は入り方が難しく、実力を発揮できないことが多々あるものだ。南アフリカは、ベースとしている4バックではなく、5バックで守備を固めてきた。ワントップで先発したFW林大地は「ホイッスルが鳴った瞬間、(相手が)がっつり構えて来ているなと感じたので、どこかで個人のスキル、1対1で勝って打開しないといけないと思ってプレーした」と、序盤の緊迫感を振り返った。また、日本は守備の要であるDF冨安健洋が前日練習で左足首を負傷して出場できないというアクシデントもあり、ボランチの板倉滉が急きょ最終ラインに入る形での対応を強いられた。

 さらに今大会は無観客開催で、会場の雰囲気が試合の流れを左右する、いつもなら存在するはずの影響が働かない。日本は立ち上がりから猛攻を仕掛け、鋭いクロスボールで何度も相手ゴールに迫った。有観客ならホームである日本のチャンスにスタンドが沸き、南アフリカはプレッシャーにさらされたはずだ。しかし、どれだけチャンスを作っても、会場は静まり返ったまま。相手は冷静にショートパスをつないで反撃を狙っていた。大会前の親善大会の際に、無観客開催に対する無念の思いを語っていた主将の吉田麻也は「もちろん、サポーターがいれば、もっと力を引き出せたかなと思うけど、アスリートはルールに従ってプレーするのが大前提」と、開幕にあたっては、すべての条件に対応するのみという姿勢を強調した。

トップアスリートの強さを再認識

日本―南アフリカ 後半、先制ゴールを決め祝福される久保建(右から2人目)=味の素スタジアム 【共同】

 今大会は、いつもと違うことが多く存在する。試合を楽しむファンの立場で見ても「こんな状態で、ちゃんと勝負ができるのか」と不安になる。選手の立場でも、これでは最高のパフォーマンスなど発揮できないと言いたいようなことが、実際にはあるだろう。しかし、だからこそ、トップアスリートの価値が試されるという部分もある。

 そもそも、彼らのほとんどは同世代のエリートではあるが、同等以上に評価を受けていた選手たちとの競争に勝ち残ってきた強者(つわもの)だ。単に能力が高いというだけでは、生き残れない。トップアスリートとは自分の特長、周囲の状況を考えて、相手を上回る最適解を導き出してきた対応力に秀でた選手であるということを、強く再認識させられる大会と言える。日本が攻めあぐねる展開が続いていた試合の後半26分、右サイドからのカットインシュートで決勝点を挙げて勝利に導いたMF久保建英は「いろいろ(南アフリカチームの状況に関する報道で)あることないこと書いていましたけど、ふたを開けたら(相手の)コンディションもすごく良くて。僕たちはそれをしっかり想定してきたことで、油断もせずに(できた)。変な話、鵜呑(うの)みにしてリラックスしていたらやられていたと思いますし、それくらい緊迫した、肉薄したゲームだったと思う。監督のリスクマネジメントも含め、スタッフの手助けに感謝したい」と準備段階の難しさを乗り越えたことの価値に触れた。

 今回の南アフリカチームだけでなく、すでに多くのアスリートがコロナ禍で行われる五輪の難しさを痛感している。テコンドーでは、選手が新型コロナウイルスの陽性判定を受け、棄権を余儀なくされる残念なケースが生まれた。相手がいなくなったり、どんな状況か分からなくなったり……。23日に開会式を迎える大会は、まだ始まったばかり。今後も多くのチームや選手が、困難に直面することが予想される。その中で、ソフトボールやサッカー男子日本代表がたくましく勝利を挙げたことは、今後の日本代表選手団にも好影響を与えるだろう。

 森保監督は、不透明な要素がある中での試合を乗り越えた選手たちの対応を評価する中で「すべての状況があり得る。すべての状況を乗り越えていかなければいけないということ」と話した。東京五輪は、前例のない対応力勝負。森保ジャパンの初戦は、それを強く印象付けるものだった。
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著者プロフィール

1979年生まれ。東京都出身。専修大学卒業後、スポーツ総合サイト「スポーツナビ」の編集記者を経て2008年からフリーライターとなる。主に育成年代のサッカーを取材。2009年からJリーグの大宮アルディージャでオフィシャルライターを務めている。

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