泉谷、快記録を生んだ1カ月前の「伏線」 110mH日本初の決勝へ、進化続ける21歳

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アジアでも劉翔に次ぐ大記録

泉谷は今季の世界3位に当たる13秒06でゴール。最高の形で五輪内定を決めた 【北川外志廣】

 偉大な記録が、どよめきの後に生まれた。

 日本選手権の男子110メートルハードルは、日本記録保持者(13秒16)の金井大旺(ミズノ)、2019年の世界選手権(ドーハ)で準決勝に進出した高山峻野(ゼンリン)、13秒30の自己ベストを持つ泉谷駿介(順天堂大)による、実力者3人の優勝争いが当初予想されていた。そこに26日の予選で13秒28をマークし、トップ通過を果たした村竹ラシッド(順天堂大)が参戦し、競争が激化。標準参加記録(13秒32)を突破している4人のうち誰か1人が東京五輪に落選するという、厳しいプレッシャーのかかる中で最後の戦いが始まろうとしていた。

 ピークに達した緊張感の中で、号砲を待つ。だが、7レーンの村竹と5レーンの石川周平(富士通)の体が、ピストルが鳴る前に動いてしまった。2人は不正スタートで失格となり、ダークホースと目されていた村竹がここで消えた。両サイドの選手がいなくなった6レーンの泉谷は「同じ順大の村竹が失格になってしまって、自分が頑張ろうと思いました」。気持ちにもう一段階、スイッチが入った。

 好スタートを切った金井と、中盤までは互角の展開。しかし、ここからの伸びが段違いだった。「(ハードル間の)インターバルの刻みがうまくいった」と、すさまじいテンポでハードルを越えていき、台数を重ねるごとにスピードが増していく。7台目を越えたあたりで金井を引き離すと、両脇が空いたことも功を奏したか、ここからは泉谷だけの世界に没入した。ぶっちぎりで初優勝のゴールテープを切り、記録したタイムは13秒06(追い風1.2メートル)。日本新記録を0.1秒も縮め、会場は驚がくと祝福の拍手に包まれた。

「自分の競技人生の中では(13秒)1台を目指していたのですが、ちょっとビックリです」

 本人でさえ驚くこのタイムは、今シーズンの世界で3番目に速い記録であり、リオデジャネイロ五輪(2016年)では銀メダルに相当する記録である。歴代のアジア記録でも2004年アテネ五輪金メダリストの劉翔(中国、12秒88)に次ぐ2位となり(3位は金井の13秒16)、世界に通用するどころか、トップクラスに肩を並べるインパクトだ。

 13秒22で2位の金井、4位と100分の1秒差の13秒37で3位に食い込んだ高山の2人も五輪代表に内定。終わってみれば、有力視されていた3人が順当に切符をつかむ結果となった。

5月につかんだ感覚

「競技人生では13秒1が目標でした」とはにかんだ 【北川外志廣】

 大記録が生まれる伏線は、1カ月前にあった。

 5月21日の関東インカレで、泉谷は追い風参考の5.2メートルながら13秒05をマーク。ハードルの場合は風によってインターバルの感覚にも違いが生じるため、強烈な追い風が吹いたからといって必ずしも良い影響を及ぼすとは言えない。その中で環境による変化をコントロールし、背中へのプッシュを推進力に変えられたことで「自信になりました」と、未知のタイムに突入する感覚をつかんでいた。

 その上で今回は「インカレの時は風に押されてスタートから全力で行けなかったんですが、きょうは自分の力で走ったというイメージが大きい」と、違いを語った。風の後押しによって生まれた推進力を、今度は序盤の加速から自らのエネルギーによって生み出し、流れを再現。「インターバルと刻みやハードリングまで、全ての要素がうまくつながりました」と、1度体感した内容をほぼ完璧に繰り返すことができたのは、驚異的というほかない。

 武相高では八種競技で3年時に高校総体を制し、大学入学後は走り幅跳び、三段跳びでも全国クラスの成績を残してきた。21歳の体に備えた身体能力は尋常ではない。

 19年の世界陸上では110メートルハードルで出場が内定していたが、右太もも裏の肉離れによって欠場を余儀なくされた。会場のドーハまで到着しながらも、世界の舞台で走ることがかなわず「悔しい思いをした」。直後の冬季練習からは、怪我をしたもも裏と臀部の筋肉を重点的に鍛えることで、基礎体力にもさらに磨きがかかった。「冬季練習中は歯を食いしばってやってました」とはにかみながら当時を振り返ったが、五輪をかけた日本選手権で、その努力が結実した形だ。

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