内村航平、薄氷の代表となった2つの背景 ミスが許されないスペシャリストの厳しさ

平野貴也

「五輪には行けないな、と着地したときに思った」

わずかな差で個人枠での東京五輪代表に内定した内村(写真右)。4大会連続五輪代表の内村においても苦戦した背景を考える 【写真は共同】

 体操界のキングが、ギリギリの戦いを制して、4度目の五輪切符をつかんだ。

 体操の東京五輪日本代表選考会を兼ねた全日本体操種目別選手権が5〜6日に行われ、鉄棒で2位となった内村航平(ジョイカル)は、これまでの選考対象大会の得点と合わせた成績によって個人枠代表に内定した。2008年の北京大会から4大会連続の五輪出場は、偉業だ。

 しかし、代表内定が発表された直後、会場でインタビューに答えた内村の第一声は「えー、ダメです」というものだった。内村は、常に自身の演技に厳しい評価を下すが、今回は自己評価の問題ではなく、実際にギリギリだった。

 代表選考は、日本体操協会が独自に定める世界ランキングを基準に得点をポイント化して争われたが、選考会を終えて跳馬の米倉英信(徳洲会体操クラブ)と同点。タイブレークの条件で上回っての選考だった。しかも、最終日に同じ鉄棒で内村を上回った橋本大輝(順天堂大)の得点が、あと0.001点でも加算されていれば、ポイントで米倉に敗れて五輪出場を断たれる、薄氷の五輪切符獲得だった。

 実力が落ちたわけではない。内村は、現行採点法で世界最高となる15.766点を今大会の予選でマークした。試合前日に「演技に関しては、考えずにできるところまで研ぎ澄まされている」と自信を示したとおり、H難度のブレットシュナイダーから始まり、カッシーナ、コールマンと3つの離れ技を安定した動きで成功。これまでの選考会では小さく一歩動いていた着地もピタッと止まり、会場がどよめいた。世界最高峰の実力と言って間違いない。

 付け入る隙を与えたのは、選考会最後の演技だった。観衆の視線が、最終演技者の内村に注がれた。3つの離れ技を決めたところまでは、いつもどおり。ところが、その後のひねり技で倒立したところから鉄棒を回り切れずに戻ってしまうミスが出た。終末技の着地はピタリと決まったが、内村は「五輪には行けないな、と着地したときに思っていた」と明かした。落下のような大きなミスではなかったが、それでも致命傷になりかねないほど追い込まれたのには、2つの背景がある。1つは、スペシャリストとしての戦いの厳しさ。もう1つは、日本全体のレベルアップだ。

高得点を出し続けなければならない個人枠の選考レース

予選では現行採点法で世界最高の15.766点を出した内村も、決勝では倒立したところから鉄棒を回り切れないミスが出た 【写真:アフロスポーツ(代表撮影)】

 2つの背景を説明する前に、内村が挑んだスペシャリストとしての代表権争いの前提をおさらいしておく。

 内村は、2012年のロンドン大会、16年のリオデジャネイロ大会と五輪の個人総合を2連覇。6種目のトータルで頂点に立ち続ける体操界の「キング」で、団体戦でもエースとして活躍し、リオ五輪の団体金メダルの原動力にもなった。しかし、東京五輪に向けては、両肩痛や体力面などのコンディションを考慮し、負担が大きい個人総合を回避。鉄棒種目に絞り、団体枠ではなく個人枠で日本代表入りを狙った。

 選考の対象となる演技は、計5回(4月の全日本個人総合選手権の予選・トライアウト、決勝。5月のNHK杯。今大会の予選、決勝)。日本体操協会が、主要大会を対象に種目別の世界ランキングを作成。選考会で得た得点をあてはめて評価し、1位かつ0.2点差以上なら40ポイント、1位は30ポイント、2位は20ポイント……といった具合にポイントを付与。5試合分で得た総ポイントの最上位者が日本代表に選出される仕組みだ。

自身の名が付く技「ヨネクラ」を武器に、内村を追い詰めた米倉 【写真:アフロスポーツ(代表撮影)】

 さて、内村が追い込まれた背景についてだが、1つは、スペシャリストとしての戦いの厳しさだ。

 鉄棒のみに絞った内村は安定感を増し、選考会の初戦から高得点を続けていた。しかし、跳馬で自身の名が付く技を持つ米倉が食らいついた。

 この大会に入る時点では、内村と同ポイント。予選で内村が10ポイントリードしたが、最終日に先に演技を終えた米倉は30ポイントを獲得。20ポイントリードとし、内村に落下などの大きなミスが出ればポイント差が埋まる位置につけてプレッシャーをかけた。個人総合のように、他選手が弱い種目で差を補うことができず、ずっと高得点を出し続けなければならないのが、個人枠の選考会の難しさだ。

 内村は選考会を振り返った際には「難しかったですね、非常に。米倉も非常に良いプレッシャーを僕に与えてくれていたので感謝しているし、今は申し訳ない気持ちもある。五輪がかかっている代表選考、やっぱり特別な何かがあるとしか思えなかった」と影響を認めた。これまでずっと、五輪、代表、選考会といったことよりも、自身の納得のできる演技ができるかどうかに集中しているという旨のコメントに終始してきたが、意識のすぐ外側には、圧力がかかっていたのだろう。

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著者プロフィール

1979年生まれ。東京都出身。専修大学卒業後、スポーツ総合サイト「スポーツナビ」の編集記者を経て2008年からフリーライターとなる。主に育成年代のサッカーを取材。2009年からJリーグの大宮アルディージャでオフィシャルライターを務めている。

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