Jリーグ開幕戦で主審を務めた小幡 真一郎氏に訊く。歴史的試合にあった知られざる真実。

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【©J.LEAGUE】

1993年5月15日、国立競技場で行われた記念すべきJリーグ開幕戦(ヴェルディ川崎vs横浜マリノス)で、主審を務めたのが小幡 真一郎さん。日本中が見守った注目の一戦で笛を吹いたレフェリーに、当時の心境や思い出を訊いた。

――小幡さんが開幕戦の主審を務めることになった経緯を教えて下さい。
「どうして決まったのか、詳しくは聞いてないんですよね。Jリーグの審判担当をしていた方から電話をいただいたのが、4月の上旬でした。本来、私がやる試合ではなかったと思っています。当時は高田 静夫さんという国際審判員の方がおられたんですが、開幕の日はサウジアラビアでFIFAの試合を担当されるということで、どなたか探された結果、私のところに回って来たんじゃないでしょうか。2回以上は断りましたよ。私はその時41歳で、国際審判員の中では一番若かったし、経験も少なかった。名だたる先輩がおられるなかで、私がやるのは非常に嫌でしたね」

――実際に開幕戦の笛を吹いた感想を教えてください。
「始まるまではドキドキしていましたね。試合前の打ち合わせも、右から左に抜けている状態で。どう入って、どこで並んで、どういうあいさつをするか。完全にすっ飛んでいましたから。ただ、確かあの時はカウントダウンがあったと思うんですけど、その時には普通の状態になっていたと記憶しています」

――試合の中で印象に残っていることはなんですか。
「試合が始まるカウントダウンの時と、終わった時ですね。途中は無我夢中ですよ。その場、その場で対応しないといけないことだったので。それが正しいとか間違っているとか、上手いとか下手とかではなく、とにかく精一杯で。そのなかで選手の皆さんがすごくプレーに集中してくれたので、私がコントロールする必要がなかったゲームだったと思っています」

――一番意識したことはなんですか。
「とにかくゲームの流れを止めないようにすること。あとは、選手生命に関わるようなプレーを排除しないといけないということです。選手一人ひとりがJリーグの財産だし、彼らが怪我をしないで自分の力を十分に発揮できるかどうか。その頃から世界に目を向けて、ワールドカップを目指して、強い気持ちを前面に出されていたので、やはり海外でも通じるようなゲームにしないといけない。我々自身も勉強しないといけないなと感じました」

――試合後の反響はいかがでしたか。
「その時代は携帯電話がなかったので、電報が結構来ましたね。実は私、割り当ては漏らせないので、周りに黙って行ったんですよ。学校に務めていたんですが、生徒にももちろん言ってないし、審判仲間にも言いませんでした。だから、皆さんは驚かれたんじゃないでしょうか。小幡が何でやっているんだと(笑)」

――Jリーグ開幕前と、開幕後で一番変わったと感じたところはどこでしょう?
「一番はお客さんの数ですよね。1年前は日本リーグでやっていましたけど、日本鋼管対ヤンマーという社会人のチームとしては最高レベルのカードでも、1000人にも満たなかった。それが1年も経たないうちに5万人も入ったのは驚きました」

――開幕当時は世界でも活躍した外国籍選手がたくさんいましたが、一流選手のプレーや振る舞いは、日本人選手と違いがありましたか。
「彼らはプロだなと思うことがたくさんありましたね。レフェリーの扱いというか、関係性を作るのが、上手だなと感じることも多かったです。特にブラジルの選手はそうでした」

――特に感じた選手は誰ですか。
「ヴェルディの外国籍選手だったり、開幕から少ししてから来たジュビロのドゥンガ選手もそう。ストイコビッチ選手もそうでしたね。世界的な選手のプレーを間近で見られたことは、審判としてもすごく勉強になりました」

――今名前があがりましたが、小幡さんはストイコビッチ選手から逆にイエローカードを出されるというシーンがありました。
「1997年の7月9日だというふうに記録されています。記憶はないですけど(笑)。自分としては14試合目くらいでしたので、決して不安があったわけではないんですが。彼自身がいら立ってしまったのはチームとか環境とかもあるでしょうけど、上手くコントロールできなかったということでしょうね」

――カードを出された瞬間はどういう心境でしたか。
「何が起きているか分からなかったですね。そんなことは今までなかったので。カードを取られて、出されたのは分かったんですけど、あっけに取られたという感じですね。やっぱり、自分が下手くそだったなと思います。彼自身がストレスを感じていたとは思っていて、そこを何とかコントロールできていれば、ああいうことにはならなかっただろうなと。自分自身のスキル不足を感じました」

――キャリアの中で、忘れられないミスはありますか。
「審判の活動が停止になったことがありまして。2001年5月3日の清水対札幌戦です。清水の間接FKがあったんですが、直接蹴ってゴールに入ってしまったんですね。日本平のスタジアムは『ゴール』というアナウンスが大きくて、ああゴールなんだと、そのまま認めてしまったんです。なぜかその時は、選手からもベンチからも他の審判からも抗議や意見がなかった。それで試合が終わってから記録員の方が記録に書くために、『誰かに触りましたか?』と確認にきた。その時に、ああ触ってないな、大きなミスをしたんだなと気づきました。スタジアムの雰囲気に流されて、ゴールにしてしまったんでしょうね。その後に何試合か、審判の活動を休むことになりました」

――逆に良い笛を吹いたと自信を持って振り返られるゲームはありますか。
「そういうゲームはないんですけど、Jリーグの最後のゲームが鹿島と広島の試合で。終わってから両チームのキャプテンがボールにサインをしてくれて、『ご苦労様です』と渡してくれた。あれは本当に嬉しかったですね。両チームのキャプテンは、森保(一)さんと奥野(僚右)さんだったように記憶しています」

――キャリアの中で一番印象に残っている出来事は何でしょうか。
「やっぱり、開幕戦のあの雰囲気は忘れられないですね。最初に警告を出した選手は、今でも仲良くさせてもらっています。面白いなと思いますよ、レフェリーと選手の関係は」

――その選手とは誰ですか?
「都並(敏史)さんです。20分過ぎくらいだったと思うんですけど、レフェリーから見たら分かりやすいファウルをしていたので、警告もすんなりと出せました。そのすぐあとくらいにマリノスのほうも小泉(淳嗣)さんがファウルをして、警告を出した。ちょうど試合のテンションが上がってきた時間帯に立て続けにカードを出すケースが起こって、逆にゲームが少し落ち着いたように感じたんですよね。だから、私の中でも助かった場面だと思っています」

――最近は審判の環境も大きく変わってきています。現在はJリーグでもVARが採用されていますが、元審判の立場として、どのように感じていますか。
「見ていただく方にとっては分かりやすいと思いますし、プレーする側にとっても結果的にお互いが納得できるものになるので、もやもやしたものがなくなると思いますね。ただレフェリーの仕事として、自分が決めたことに第3者的にアドバイスが来るわけですから、心の持ち方を切り替えられるかが大事だと思います。以前はフィジカルやスキルが中心でしたが、これからはメンタリティの部分も考えていかないといけないんじゃないでしょうか」

――映像の発達やSNSの普及によって、審判に対する世の中の視線も、より厳しくなっているかと思います。
「見ていて大変だなとは思いますけど、逆にいいなと思うのは、自分がやっていることがきちっと理解してもらえるようになってきたということ。レフェリーはあくまで主役ではないし、陰で支える役目のほうが強かったですけど、今はゲームを一緒に作る立場になってきていると思っています。選手の皆さんからすればそれは違うと思うかもしれないですけど、レフェリーは選手、監督、スタッフ、観客と一緒にゲームを作って行く役割がある。そういうことを考えると、いろんな場面で取り上げてもらうことで、ゲームに対する考え方や臨み方が、豊かになってきたとは思いますね」

――これからのJリーグに期待することはありますか?
「やはり、地域の人々と一緒に何かを起こしていくことが大事であって、単に勝った、負けた、あるいはカテゴリーがどうのというより、そこにサッカーを含めたスポーツがあるということを広げていくことが大事なんだと思います。海外に行って思うのは、練習場にたくさんの人が見に来たり、年配の方も1日中座って見学していたりする。何を楽しみにしているかというと、プレーもそうでしょうけど、若い選手がどう成長していくかを楽しみにして足を運んでいるんです。人々の日常の中にサッカーがどう根付いていくのか。そこが今後のJリーグの力の見せどころかなと思っています」

――ちなみに現在はどのような活動は行っていますか。
「日本協会の1級インストラクターということで、これまではJ1、J2を見てきましたけど、今年はJ3の若いレフェリーを見させていただいています。それと今年から始まるWEリーグだったり、女子の審判の育成にも携わっています。元々学校の教師だったので、育成には興味・関心が強いんです。これから伸びていく人たちにどういう声かけを、どういうストーリーで話したらいいか。こちらも勉強になるので、今はそこを楽しみにしてやっていますね」
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