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【動画】リトバルスキーが華麗に舞う
緩急自在のドリブルと卓越したゴールセンス


 Jリーグの草創期を彩った大物助っ人のひとりがピエール・リトバルスキーだ。ジェフ市原(現・千葉)の目玉選手としてJリーグ元年から参戦し、緩急自在のドリブルでファンを魅了した。


 そのリトバルスキーがプロキャリアの大半を過ごしたのが1.FCケルン。通算で14年在籍し、プロデビューした1977-78シーズンから約2年に渡り日本の奥寺康彦とチームメイトでもあった。ケルンでの公式戦出場504試合はクラブ史上5位、144得点は同6位。文字通りクラブのレジェンドだ。

 ワールドカップに3度出場するなど西ドイツ代表でも長く活躍したリティだが、代名詞といえばその華麗なドリブル。大柄な選手が多いブンデスリーガにあって、170センチに満たない小さな身体で強烈なインパクトを放つことができたのは、卓越した技術とセンスに裏打ちされた比類なきドリブルがあったからこそだ。


 81年10月3日、ブンデスリーガ第9節のビーレフェルト戦では、GKを含む4人の敵をかわして約50メートルのドリブルシュートを決めている(16秒〜収録)。ハーフウェイの手前で味方からパスを受けたリティは、敵陣に入ったところで急加速してまず1人目をかわす。そして、そのままゴールに向かって持ち上がると、スピードを上げながら左側に進路を取って2人の選手をはがし、最後は飛び出してきたGKも抜いて左足でゴールに蹴り込んだ。

ケルンで唯一、手にしたタイトルが82-83シーズンのDFBカップ。F・ケルンとの決勝で殊勲のゴールを決めたのがリティだった
ケルンで唯一、手にしたタイトルが82-83シーズンのDFBカップ。F・ケルンとの決勝で殊勲のゴールを決めたのがリティだった【スポーツナビ】

 単なるドリブラーではなく、高い得点力も持ち合わせていた。特に若かりし頃には4シーズン連続で15ゴール以上を記録。その当時の印象深いゴールのひとつが、85年4月25日、ブレーメン戦で決めたゴールだ(28秒〜収録)。


 ドリブルでペナルティーエリア内に進入したリティは、寄せてきた相手を抜いて左足でシュート。この一撃はGKに止められるが、蹴った勢いで倒れたリティは起き上がりながらリバウンドを拾う。そして敵を1人かわすと、GKともつれ合って体勢を崩しながら、左足でボールをすくうようにして執念で押し込んだ。

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